世の中には、相手から情報を得られるだけ得て、自分からは全く出そうとしない人種がいます。でもそうした態度からは結局、「この会社の人と話をしても無駄」と思われ、情報を得る機会自体を失ってしまいます。そうなればいくら大手企業でもビジネスチャンスに触れること自体が段々難しくなるのが現実です。
その当時、小生はあるクライアント企業の事業戦略の構築をお手伝いしていました。クライアント企業にとっての顧客業種の有力数社に課題認識をうかがおうと、クライアント企業経由でアポを取っていただきました。以下はそのうちの1社、A社との面談の際のお話です。お相手は一種のアウトソーシング事業の企画・営業責任者、B氏でした。
挨拶と世間話の際には軽口を叩いていたのに、小生がヒアリングの導入部として人手不足の状況を尋ねると、B氏は急に口が重くなり、「いや、そんなに困っている訳じゃない」と言ったかと思うと、やがて「まぁ、なかなか手配できずに苦労している」と間逆のことを口にされます。一体どれが本当なのかといぶかしく思いながら、小生は少し違った角度で具体的な質問をして話を進めます。B氏は現場では相当困っていることを推測させるいい方をした直後に、「…とも言えるし、そうでもない時もあるしね」という曖昧なコメントが続きます。そして小生がいくら突っ込んでも、決して自らは具体的な事象や定量的な表現は口にしません。
こんな調子で面談は20分あまり続き、用意していた3つほどの確認事項に対し、B氏はことごとく曖昧な言い回しに終始していました。最初は、この方が慎重過ぎる性格のために断定を避けているのかと小生も好意的に解釈していたのですが、さすがにこれは意識的に具体的な供述を避けているのだと考えざるを得ませんでした。まるで犯罪事実を示唆することをのらりくらりと避けようとする重要参考人に対し、何とか言質を取ろうとする刑事みたいな気分を味わったのですが、すぐに気を取り直しました。
業界で話題になっている、最近オープンしたばかりの競合他社の新しい施設を採り上げ、あまり一般報道で紹介されていない新機能設備を見学したときの話をすると、B氏はさすがに競合なので見学できていないらしく、途端に身を乗り出してきて興味を示しました。そこで小生が「御社ではそうした設備を検討しないのですか?」と水を向けると、B氏は途端に身を固くして「そうね、まぁ考えないでもないけどね」と再び曖昧な言い方に戻ってしまいました。
これでは時間の無駄だと悟った小生は、その後は適当にお茶を濁してそそくさと退散することにしました。当初予定していた時間の半分強で面談は終了しました。本来なら感想を尋ねてみたかった、こちらが持っている新事業モデルのアイディアをぶつけることはしませんでした。将来、A社がクライアント企業にとってのパートナーになる可能性も小さいと判断したのと、こうした態度をとる人だとアイディアだけ盗まれかねないと、こちらも警戒したからです。A社は事業の種に触れる機会を一つ潰したわけです。
面談が終わった直後に小生は、アポを取ってくれたクライアント企業の担当者の方に、なぜB氏を選んだのかを尋ねました。担当者いわく「A社は業界大手でもありますし、B氏はアポはとりやすいんですよ」。なるほどそうきましたか。
事前調査でA社の経営状況全般や、当該のアウトソーシング事業の進展具合は概ね把握できていましたし、実は経営課題も想定できていました。面談はそれを確認した上で、その取り組み具合やより具体的な課題認識を把握し、それに関するアイディア(仮説)をぶつけて反応を見ることだったのですが、その入り口で断念した格好です。残りの面談アポ先にB氏タイプの人が含まれていないことを、小生が担当者に確認したのは言うまでもありません。
B氏が個別の質問に答えたくなければ「ノーコメント」と言えば済んだ話です。そうした選択的な判断ができる自信がないのなら、そもそも面談に応じなければいいのです。面談を受けておいてほとんど情報を出そうとしないのは、互いの時間を無駄にするばかりか、その会社に対する信頼性までも失わせます。
A社のアウトソーシング事業は数年前に公表した構想時の計画とは全く違っていて、この1~2年はほとんど伸びていません。その主な原因を、アナリスト達は同社のコスト体質と地理的要因にあると捉えていますが、この面談経験を鑑みると、責任者B氏の非開放的なコミュニケーション態度も大きな要因ではないかと思わざるを得ません。