GEが長年の懸案、GEキャピタルの売却を公式に発表した。そのスケールもインパクトも例外的だが、意図はこれ以上ないほど明確である。
今年の4月上旬、米GEのジェフリー・イメルトCEOは金融事業から事実上撤退するという大胆なリストラ方針を正式に表明しました。GEキャピタルとして知られる世界有数の金融機関で、その保有資産たるや5千億ドルという途方もない金額です。巨人・GE全体の売上の3~4割を占める巨大ビジネスであり、利益ベースでは半分近くを稼いでいるというのが実態です。
http://www.gereports.com/post/96727111405/ge-boosts-focus-on-growing-industrial-core-with
こうした超巨大企業による主力事業の切り離し・売却というのは、日本では似たような事例がほとんどないので、これがどれほどすごいことなのか、一般の人にはなかなかピンと来ないでしょう。例えて云えば、シャープがテレビを中心とする家電事業を売却するようなものでしょうか、しかも経営が左前にならないうちに。
海外では巨大企業におけるこうした思い切った事業ポートフォリオの組換え事例が、10年に一度程発生します。例えば農薬と種子・バイオテクノロジーの世界的リーダー企業である米モンサントは、主力だったPCBなどの汎用化成品を思い切って売却しています。IBMが 中国のレノボにパソコン事業部門を売却した事例は有名ですね。通信機器大手ノキアはかって携帯電話メーカーとして世界首位でしたが、スマホで出遅れてサムソンに抜かれた時点で携帯電話事業を手放し、通信設備事業に集中しています。
ではGEの業績には何か問題でもあるのでしょうか。その点で云えば、特段切羽詰まった問題があるわけではありません。昨年期は増収増益で、今期も同様の見通しだそうです。でも敢えていえば、グラフを見てお分かりいただけるように若干の伸び悩みを示しているといえば、そう云えます。
http://www.statista.com/statistics/263828/revenue-of-general-electric/
ただしこの図体になると、多少の新製品ヒットなどでは増収にはほとんど効かず、特定事業部門で多少の増収があっても全体としてみるとほとんど影響はありません。しかも2011年から2013年に掛けてメディア大手のNBCユニバーサルを、2014年には家電部門をエレクトロラックスへ売却していることを併せて考慮すると、それでも売上微増を続けていることは大したものだと言わざるを得ません。
では何がGEをして、これほどの主力事業の切り離しを決断させたのでしょう。当然、金融事業に第一の理由があります。ある種のとてつもないリスクを抱えているからです。それは2008年のリーマン・ショック時に顕在化しました。GEキャピタルが瀕死の状態に陥り、ひいてはGE全体も深刻な状態になったことを覚えている諸兄もおられるでしょう。
当時、GEは150億ドル規模の増資を実施してこの危機を乗り切りましたが、このうち30億ドルの優先株はウォーレン・バフェット氏が率いる投資会社バークシャー・ハザウェイが引き受けました(のちにGEが買い戻し)。そして多くの米大手銀行と同様、GEキャピタルもまた、債務に対する600億ドルにも上る政府保証を受けてようやく存続できたのです。
その後も金融部門の利益は伸びず、負債額は簡単には縮小せず、今現在でも同社の負債は約33百億ドルに上るとされています。米金利がじりじり上昇気配を示す一方で新興国経済に変調の兆しが見られる中、いつまた大きな経済ショックが起こり、悪夢が蘇らないという保証はありません。
ではなぜ今なのでしょう。実はリーマン・ショック直後はもちろん、過去数年の間に何度も、資本市場関係者からは「GEはGEキャピタルを売るべきだ、でも無理だろう」という提言的な批判記事が出ていました。しかしながらそうしたコメントを裏付けるようにGEは金融部門を保持し続けてきました。ずっと売上で40%前後、利益で半分前後を稼いできた部門を手放すことがどれほど難しいか、想像に難くありません。
しかし昨年のアニュアルリポートでは遂に「金融部門は当社の中核ビジネスではない」というコメントが掲載されるに至ったのです(つまり今回の発表は全く唐突ではありません)。これで売却の方向性は決まったことは外部にも分かりました。問題はその踏ん切りをつけるタイミングであり、きっかけでした。
ヒントは、イメルト氏は過去にも似たような行動を起こしていることです。2007年にプラスチックス部門を、そして先に触れたように2011年から2013年に掛けてはメディア部門を、昨年には創業事業である家電部門を、それぞれ切り離しています。前任者のジャック・ウェルチ氏は「中性子爆弾・ジャック」の呼び名があったほど苛烈なリストラ実行が目立っていましたが、イメルト氏にはそうしたイメージはありません。しかし実態は違います。彼もまたウェルチ氏に劣らない「リストラを躊躇しない経営者」なのです。
ただしウェルチ氏のように単純に「業界1位または2位」以外は手放す(といいながらもNBCや家電部門・金融部門を残していましたが)という「ポートフォリオ経営」に徹しているわけではないようです。むしろ少しずつグループの事業ドメインをはっきりさせて理想の形に近づけるべく動いてきたというのが事実のようです。その過程ではウェルチ氏同様の「業界1位または2位」などの原則も掲示していましたが、重きを置いていたのは全体像であり、そのための投資の原資を賄う一助にすべく、全体像に必要のない部門を売却してきたという、実に長期観点での戦略経営をしてきたのがイメルト氏です。
そのイメルト氏が「今がその時だ」と考えた理由はおそらく3点あります。その第一は、「今が金融事業の売り時だ」という判断でしょう。
リーマン・ショック後、GEキャピタルは資産の切り売りを着々と進めてきたため、そのバランスシートは縮小と同時に相当な改善を既に果たしたと見られます。そうした売り物に「磨きを掛けた」状態に持ってきたうえで、今は米系・中国系を中心に世界の金融業界が「いい出物がないか」と探し回っている、一種のバブル状態です。これこそGEにとっては長年待ち焦がれた売り時の到来です。実際、GEキャピタルの大幅な事業縮小策の発表時には同時に、米投資会社のブラックストーンや米大手銀行のウェルズ・ファーゴに不動産関連資産を265億ドルで売却することが公表されました。
第二の理由は、昨年に決着がついた、仏重電大手アルストムのエネルギー産業向け事業をめぐる争奪戦での勝利です。独シーメンス・三菱重工業の日独連合との熾烈な争いを制したことで、元々世界トップの航空・運輸・医療向けに加え、電力・ガス向けでも圧倒的な世界トップの座を確定させたのです。要は、「自分たちは世界の製造業の王者だ」という誇りを強めると共に、GEキャピタルの売却によって生じる収益の落ち込みを埋める見込みが立ったのです。
「製造業だとか言いながら金融部門に食わせてもらっているんじゃないか」といった陰口はもう言わさないぞ、と悲願達成へ邁進する気分になったことは間違いないでしょう。ついでながら「業界1位または2位」というスローガンの徹底にも役立ちます。GEキャピタルだけは(大きいとはいえ)全米7位という中途半端な市場地位でしたから。
理由の第三は、同社の掲げるIndustrial Internet戦略の成果が見えてきて自信を深めたことでしょう。これこそ弊社がGEをウォッチしている主たる理由なのですが、今世界が注目するIoT戦略の先駆者として2012年11月に”Industrial Internet” Visionを発表後、新しいビジネスモデルにより顧客への価値提供の次元を上げると同時に、製造業の未来を変える試みを着々と進めています。
例えば航空機分野では、エンジンに備えられたセンサーや通信システムを通してエンジンの稼働状況と調子が刻々とGEおよび顧客の間でシェアされて、不調の前兆が把握され、航空会社における保守点検の優先項目やタイミングが調整判断されるところまで来ています。
この結果、GEがIndustrial Internet戦略を推し進める大型機器の製造業分野では、単なる機器の価格競争や人海戦術のサービス合戦ではなく、顧客のビジネスにとって付加価値をもたらす度合によって機器ベンダーの評価、ひいては将来のビジネス機会が変わってくる方向に変わりつつあります。それを主導しているのがGEなのです。しかもその仕組みを他のメーカーに外販し、新たな収益の柱にする体制まで整っているのです。
つまりイメルト氏がずっと狙ってきた、強く賢くたくましい製造業の代表選手に復帰する見込みが立った今、その足かせにしかならないGEキャピタルを抱えておく理由はもう存在しないということです。これほど明確な「なぜ今か」の答は他にありません。
ちなみに今後、GEが金融サービスを全く手掛けないかというと、そんなことはなさそうです。他の電機大手が実施している程度の、機器を売るためのファイナンス手段(産業向けローン、リース等々)の提供というオーソドックスなB2B金融サービスは今後とも継続されると見られます。