9月5日(木)に放送された「島耕作のアジア立志伝」は、第5話「運命に和せよ 大国のはざまで」と題し、モンゴルの石炭王、ジャンバルジャムツ・オドジャルガル氏を採り上げた。MCSグループの総帥である。
モンゴルは、北の熊・ロシア、南の竜・中国の2国に完全に囲まれている。歴史的にもこの2大国に翻弄されてきたのがモンゴルである。古くは中国に「夷狄」扱いされて征伐の対象にされるか征服されてきたし、近くは長くロシアの影響下にあり、ソ連成立後はその属国的衛星国家の一つだった。そのせいでモンゴルのインフラは旧ソ連製の旧式のものが多かったと聞く。
その後、ベルリンの壁が崩壊しモンゴルでも社会主義政権が倒れ、資本主義経済に転換したが、技術的に劣り土壌も肥沃でないモンゴルでは、石油をロシアに、農産物を中国に頼る構造が続いてきた(さすがに肉は国産の羊で自給できるが)。海路で世界から安い資源や食糧を買い付けることができた日本とは国の基礎構造が全く違う。
ジャンバルジャムツ・オドジャルガル氏のMCSは、最初は調査会社として産声を上げ、やがてコーラを輸入するビジネスで発展したという。これは彼が子供の頃、憧れの「西洋の品」だった。その後、モンゴル国内に石炭資源が多く発見され、中国国境に比較的近いその一つを安く買う。当時はまだ中国が石炭輸出国であったが、彼は北京五輪を経て上海万博を控える中国が近く輸入国に転じると確信していたという。大した眼力である。
モンゴルの国営企業が単に石炭を掘って輸送するだけだったのを、自社工場でコークス生産用に焼き固めて、つまり付加価値を高めてから輸出するようにビジネスモデルを変えた。さらに、かつては石炭を国際価格の1/5から1/10といった安い値段で買っていた中国企業に対し、10倍以上の価格交渉にも成功した。その際には「モンゴル炭は中国にしか売れないではないか」という相手に対し、「中国にしか『売らない』のです」と安定供給力を訴えたのが効いたのである。
さらに中国経済が停滞を見せようとすると、第3隣国(日本、韓国など)へ石炭を輸出する戦略を打ち出す。そのために自国政府と交渉し、鉄道ルートを検討させる。日本や韓国の政府および企業視察団を誘致し交渉する。モンゴル政府はロシアに遠慮してなかなか決められないが、オドジャルガル氏の腹は短い「中国ルート」に決している。強引には進めないが、じわじわと交渉を進めていく様はしたたかな国際ビジネスマンらしい。
一方、石油輸入で依存するロシアに対しては、石炭を液化する技術を韓国企業と合弁することで手に入れ、石油輸入の必要を減らそうとしている。これに成功すれば、両国の関係をも変えてしまう。少なくともロシアの石油・ガスの価格に対する交渉力が一挙にアップしよう。いわばモンゴルの国益を背負っているのだ。
オドジャルガル氏の語る「運命に和せよ」というモンゴルのことわざが浮かぶ。地理的な条件は変えられなくとも、大国とわたりあう術はある。大国の隣国にあり貿易には圧倒的に不利な地理的条件という「運命」を強みに変えた。社会主義から資本主義へ切り替わるモンゴルに生まれた「運命」も自分のものにした。新しい時代のモンゴルの英雄である。