労働者派遣制度の見直しを検討してきた厚生労働省の有識者研究会が20日、報告書をまとめた。企業が一つの業務に派遣労働者を使用できる期間を最長3年に制限する現行ルールを撤廃し、労働組合の同意を条件に、人を入れ替えれば派遣を使い続けられるようにすべきだとしている。
労働者派遣法は、派遣先企業の正社員が仕事を奪われることがないように、これまで派遣を臨時的で一時的な仕事に限定してきた。報告書はこの原則を大きく転換するものだ。これは安倍政権の企業寄り姿勢を明確に示している。そしてそれは小泉政権が後に大いに批判された「雇用の不安定化」と「格差拡大」にしか効果がない。
この報告書が目指す政策は企業にとってのメリットばかりを重視し、労働者の大半がプア化する方向に引っ張る。もちろん企業にとっては、派遣が活用しやすくなり人件費の抑制につながるメリットがある。しかしだからといって日本の中小~中堅~大企業が雇用を増やすだろうか。日本への新たな投資を外資企業が決断するだろうか。それは現実を知らない学者や官僚の論理である。外資が日本に投資をするとしたら、コスト低下ではなく、日本の高いコストをカバーして余るほどの豊富な需要が生まれることしかあり得ない。そのためには分厚い中間層の復活が必須条件なのである。この因果関係をしっかりと認識していないと、とんでもない悪手を打ちかねない。
この政策がもたらす人件費抑制で企業が上げる利益増分は、社員に還元されるわけではなく、内部保留されるか株主に還元されるだけで、大半の大~中堅企業は少子高齢化の進む日本市場には再投資しない。したがって日本の税収増加にもつながらない。つまり日本という国家にとっても、日本国民の大半にとっても望ましい結果は生まれにくく、むしろ中間層が減ることで米英韓国的社会に近づく可能性だけが高まる。
労働者側からすると、正社員の仕事が派遣に置き換えられたり、非正規雇用が固定化したりする懸念が大いにある。正社員寄りに偏っていたとはいえ労働者保護を気に掛けていた民主党に対し、ようやく政権を奪取した自民党としては、その最大サポータである企業寄り姿勢を鮮明にしたのだろう。
ちなみに現在は、無期限に派遣できるのは通訳やOA機器操作など、いわゆる「専門26業務」に限定されている。その他の一般業務は派遣先の正社員の雇用保護を理由に、原則1年、最長3年に限定されている。報告書は、その専門業務の区分の廃止、一般業務との一本化を提言しているのだ。そして一人の派遣労働者が同じ職場で働ける期間を最長3年とした。その上で、派遣先の労使協議で労働組合や労働者代表から異論がなければ、企業は、別の派遣労働者に入れ替えることを前提に、3年ごとの更新ができるとした。派遣会社との間で期間を限らずに雇用契約を結ぶ無期雇用の人(正社員)の派遣は、「無期雇用派遣」と定義し、業務の種類を問わず無期限での派遣を認める。
3年の期限を迎えた派遣労働者については、本人の希望に応じて派遣先への直接雇用申し入れや次の派遣先の提供などを人材派遣会社に求めるとしている。しかし努力目標に過ぎず、義務ではない。どうひいき目に見ても雇用の安定はかなり失われ、現在少し収まってきた「派遣切り」が個人単位ではおおっぴらにできるようになる。つまり派遣でこつこつと実績を積んで正社員に登用されることを目指してきた派遣社員は、確実に3年を限度に職場を変わらざるを得なくなり、正社員に登用される可能性は限りなく小さいものになろう。
一体これは誰のための「規制緩和」であり、政策方向性の転換なのだろう。企業が栄えても国民の大半が貧民化すれば、国は間違いなく衰退する。日本は既に「失われた20年」という貴重な時間を費やして、経済格差を一定以上拡大すると社会が崩壊することを学んできたのではなかったのか。同じ轍を踏むとしたら、日本国民はなんと学習能力に欠けた政治家ばかりを抱えていることか。