国立市マンション解体の英断

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東京・国立市にある積水ハウスの「グランドメゾン国立富士見通り」が急遽解体されることが決まったという話をご存じでしょうか。10階建て、総戸数18戸のマンションです。

もちろん法令もクリアしていますし、構造問題などが見つかった訳でもありません。高さを当初計画よりも低くするなど近隣住民との調整も終えて着工し、この7月には完成する予定、入居者もほぼ決まっていたと聞いています。

つまり完成間近だった新築マンションをデベロッパー側が「やっぱりやめます」と言い出した訳で、まったく前代未聞の話なのです。

ニュースでは積水ハウスのプレスリリースが次のように報じられていました(6月11日)。

《完成が近づき、建物の富士山に対する影響が現実的になり建物が実際の富士見通りからの富士山の眺望に与える影響を再認識し、改めて本社各部門を交えた広範囲な協議を行いました。その結果、現況は景観に著しい影響があると言わざるを得ず、富士見通りからの眺望を優先するという判断に至り、本事業の中止を自主的に決定いたしました》

積水ハウスほどの大手デベロッパーは通常、建設計画が立ち上がった段階であらゆる方面から検討が進められます。当然、景観のシミュレーションもしていたはずです。この「理由」を額面通りに受け取る人はただの素人でしょう。

そのためかえって真相が分からず、業界筋でもネットの世界でも様々な噂が飛んでおります(その大半は根も葉もない都市伝説的なものです)。業界の専門家のコメントは「企業イメージの低下を避けたのではないか」という常識的なものでした。

私も「そうなんだ」「さすが大手メーカー、レピュテーション・リスクを大いに気にしたんだ」といったんは納得しました。

でも幾つかの背景情報を探ってみると、どうやら「国立市」という土地柄(過去にも景観問題でマンション訴訟や住民デモが幾つも積み重ねられてきた歴史がある)がそのベースにあるようなのです。私の母校の大学があり知らない街ではないので、この背景説明に一番納得がいきます。

要は、この先、①「市民」が国立市や積水ハウスを訴え、「住民闘争」が勃発する。②近隣住民などが「マンション住民」に対し嫌がらせをしかねないという懸念が高まり、マンション販売に悪影響がでる。③そのため、一旦決まっていた入居者までもが「契約時に聞いていた話と違う」と積水ハウスに返金を求める。④最終的に12月15日投開票の国立市長選の争点にまでなってゴタゴタ騒動のイメージが定着する。

といった積水ハウスにとって悪夢のようなリスクシナリオが大いに懸念されたのだと思われます。

それこそ曖昧な「レピュテーション・リスク」だけではなく、現実的な「訴訟リスク」+「販売苦戦リスク」です。もちろん「レピュテーション・リスク」にもつながります。

国立市って「文教地区」というイメージが強いと思いますが、実は左翼系のたくましい年配住民が多く住んでいるらしいのです(一橋の学生はノンポリばかりなのに…)。そうした人たちが過去の有名な「国立マンション訴訟」(舞台になったのは大学通りの大型高層マンション)でも「活躍」したそうです。

きっと「関西企業」である積水ハウスの開発部隊の人たちはこんな事情は露とも知らずに開発を続けて、近隣住民との調整も済ませていたのでしょう。

でも完成間近になって何らかの「火種がくすぶり出した」状況があり、こうした事情を経営幹部までが知るところとなり、土壇場になって「逃げだすなら今が最後のチャンスだ」と苦渋の決断をしたのではないでしょうか。

ただ、この土壇場で恥も外聞もなく「撤退」ができたというのは勇気のある「英断」だったのではないでしょうか。

このような「損切り」ができないことで(「ここまでやってきたのに今さらやめられるか」などと体面や立場を優先することで)泥沼の法廷闘争に巻き込まれて体力を削ぎ取られる企業が多い中で、立派な「逃げざま」と賞賛すべきと、私は考えます。