「牛乳ショック」は誰のせい?誰が対処すべき?

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(以下、コラム記事を転載しています) **************************************************************************** 

国の生乳増産政策に協力した北海道の酪農家が、牛乳価格と子牛価格の暴落にあえいでいる。この政策を推し進めた政府・農水省、それを懇願した乳業メーカーは、この事態の収拾に責任がある。

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ご存じだろうか。日本の生乳の生産の半分以上を担う酪農王国・北海道が今、過去最悪レベルともいわれる「牛乳ショック」に直面していることを。

北海道の酪農家では、生乳の廃棄処分をせざるを得ない事態が起きている。生乳の生産量を減らすよう農協から求められ、900頭あまりの乳牛を抱える牧場だと1日 1~2トンの生乳の廃棄を始めているそうだ。

搾りたての生乳をなぜ廃棄しなければならないのか。その背景にあるのが国の政策だ。バター不足が問題になった(ご記憶の方も多いかと思う)ことを契機に2014年、国は生乳の生産を増やすため補助金をつけて大規模化を促した(「畜産クラスター事業」と呼ばれる)。

国の後押しを受けて道内の酪農家らは大型投資を進め、増産体制へと舵を切った。こうして全国の生乳の生産は733万トン(2014年度)から764万トン(2021年度)へと増加に転じた。

しかし2020年からは新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、まず学校給食が減り、さらに外食や観光需要が落ち込んだことで、今度は一転して生乳の供給が過剰となった。

乳業メーカーは、日持ちのしない生乳を、保存が利く脱脂粉乳に加工することで当面の対応をした。しかし脱脂粉乳の在庫量が去年最高水準に達したため、酪農家は生産の抑制をしなければならない事態に陥ったのだ。

牧場経営者の方は「やるせない。なんで捨てなくちゃならないんだ。増やせ増やせと言われて一生懸命搾っていたのに…。工業製品と違って、簡単に減らせるものではない」と悲嘆に暮れている。

去年11月、国は生乳の生産抑制のための緊急支援事業を発表した。牛を早期淘汰した場合、1頭あたり15万円の助成金を国が交付するというものだ。これにより4万頭の削減を目指しているらしい。

この国の方針は各地の農協に打診された時点で大いに反発を呼んでいる。去年9月に釧路市で開かれた集会では疑問や反対の声が次々と噴出していたそうだ。「数年前の生乳不足時に、増産要請に応える形で投資をしたのに梯子を外され、自己責任と切り捨てられてしまっては、これから先、誰が(返却するのに掛かるのが)30年もの借金を背負って設備投資を決断できるのか」というのが代表的な声だ。きわめて当然だ。

酪農家と、需要家である乳業メーカーの取引関係はシンプルではない。個々の酪農家が「経営が苦しいから」と納入価格を簡単に引き上げることはできない、特有の業界事情があるのだ。牛乳やバターなどの原料となる生乳は、地域別に農協などが作る指定団体が集め、全国の乳業メーカーに販売する「一元集荷体制」が組まれている。乳価は指定団体と乳業メーカーの交渉で決まるため、酪農家は妥結した価格を受け入れるしかないのだ。

酪農家の経営悪化などを受け、去年11月から飲用牛乳向けの乳価は既に10円値上げしており、バターなどの加工向けも今年の4月から10円値上げとなる予定だが、赤字を解消するにはほど遠いという。

しかし乳業メーカーには産業のサプライチェーンを維持する責任があるはずだ。自分たちが国を動かしておいて、増産に協力してもらった北海道の酪農家たちを「自己責任だ」と切り捨てるような仕打ちを示すのなら、次の供給不足の波が来た時にはリスクを取って増産に協力してくれる酪農家なんて現れるはずがない。

そしてはっきり言って、農水省の施策は「見当違い」だ。乳牛の削減に補助金を出すのではなく、乳業メーカーや飲食チェーンにもっと多く引き取らせて、牛乳だけでなくチーズなどの乳製品を増産させたり、国内の飲食業に乳製品を多く使うメニュー開発を促したりする際に、補助金を出すべきなのだ。コロナ過が収束しつつある上に、卵や肉が高騰している折、国民の貴重なたんぱく源を確保できる策を考えるのが彼らの役目ではないか。

実は牛乳だけでなく、牛そのものの価値も暴落している。NHKの取材によると、去年6月の時点で1頭約14万円で買い取られていた肉用の子牛の価格が、9月には5000円に暴落したそうだ。10月には、同じ牧場で家畜の流通業者に引きとってもらった子牛の場合、体重が軽かったこともあり、ついた値段はわずか1000円。種付けから出荷までかかった経費は約3万円なのに、だ。

なぜこんな事態になっているのか。牛が乳を出すためには継続的に子牛を産ませる必要がある。メスの子牛の多くは乳牛として育てられるのだが、オスや交雑種は肉牛として畜産農家に売られる。子牛の売却は酪農家の収入の柱の一つとなっている。

しかし先に触れたように、大量のエサを与えて牛を育てる畜産農家も飼料の高騰で経営が苦しく、子牛を買い控えるようになっている。飼料高騰と子牛価格の暴落が重なり、子牛を育てるビジネスが成り立たなくなっているのだ。

去年、経営を諦め離農したケースは北海道だけで200戸近くにのぼると見られる。意欲ある若い酪農家までも退場を迫られる事態に陥っているのだ。この辺りは、NHKの報道番組で詳細に伝えられていたが、せっかくの事業承継がとん挫してしまう様は観ているこちらも胸を痛めるものだった。

子牛を育てる国内の酪農家が大量に離農してしまえば、当然ながら近い将来には乳牛も肉牛も育成体制が不足して、牛乳および牛肉の国内への供給は細り、(海外ではさらにインフレが進んでおり、かつ長期的な円安の影響を考えると)牛乳と牛肉はもちろん、それらを原料とする製品全般の国内価格が将来的に高騰することは目に見えている。「高騰」だけで済まずに、安定的な食糧調達自体が危うくなる未来だって遠くない。

食の安全保障は最も重要なものの一つで、ただでさえ少ない国内での食糧生産を減らすような事態を放置することは愚かさの極みだ。国内の酪農産業が再び沈んでいく事態を見過ごさないため、乳業メーカー、小売業者、そして消費者は思い切った値上げを受け入れるべきだ。そして国はその解決への方向性を示すべきなのだ。