(以下、コラム記事を転載しています) ****************************************************************************
今の公的年金制度だけでは国民の老後を支えることはできない。この現実を直視するならば、移民政策を変更することと、国民全般に貯蓄と投資の自助努力を促すことは必須だ。
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「老後2,000万円問題」というのをご存じだろうか。金融庁の金融審議会「市場ワーキング・グループ」による「老後20~30 年間で約1,300 万円~2,000 万円が不足する」という試算を発端に物議を醸した、「いかに老後の資金を形成するか」をめぐる問題のことだ。
「物議を醸した」としているが、正しい問題提起をした金融審議会の関係者を与党の政治家たちが袋叩きにしたのだ。この問題をあまり重大だと認識していなかった不勉強な政治家は「ワシは知らなかったぞ、なぜもっと前に教えてくれなかったのだ」と文句を垂れ、重大だと認識していた政治家は「なぜワシらに知恵や解決能力がないことをバラすんだ」と怒った、というのが真相だ。
ここには2つの大きな問題が隠されている。一つは、今の公的年金制度が大多数の国民の老後を支える柱とはなり得ないこと。そしてもう一つは、その解決策としては国民に大きな痛みを伴う覚悟をしてもらわなければならないのに、政府・与党は正面から向き合おうとしていないことだ。
一つ目の、「今の年金制度が大多数の国民の老後を支える柱とはなり得ないこと」については既に、長年にわたって色々な論考・分析がなされている。
政府・厚労省の公式説明とは裏腹に、1)マクロ経済スライドが予定通り発動されていないが故に、結果的には年金制度の持続性に疑念を持たれる状況が続いているということ。また、2)基礎年金について、だらだらと給付水準が引き下げられる見通しになっているということ。この2つが相まって公的年金制度に対する疑念、ひいては多くの国民の将来不安を巻き起こしていると言えるだろう。
そして二つ目の「政府・与党は正面から向き合おうとしていないこと」についてだが、こうした公的年金制度に対する不安を口には出せない政府関係者でも、さすがに無責任に「何も心配しなくて今まで通りで結構」と言っている訳にはいかない。そのため国民には「ちゃんと貯蓄をした上で資産を増やす」よう促すための金融制度の施策(例えばNISAの拡充など)は進めている(ただしあまり危機感を煽る訳にもいかず、「富裕層優遇だ」という批判も怖いため、随分と回りくどい説明ではあるが)。
今まで無策に近かった政府がこうした動きを強めていることから分かるように、実は公的年金制度の改革は待ったなし、時間との勝負なのだ。そしてその崩壊の兆しはそこかしこに現れている(何だか地球の気候変動と似ている…)。
何せこの制度の長期的性格からして、少しの変更が後々大きな額の違いになる、一人ひとりにとっても小さくないが国全体としては膨大な金額が動く。しかも設計次第で将来多くの国民の生活が破綻しかねない、という厄介な制度なのだ。
まず政府が当面真っ先にすべきことは、①マクロ経済スライドを予定通り発動すること、②国民年金への税金投入額を思い切って増やすため、財政健全化を進めること、の2点だ(実際には、防衛費の一挙増額により財政健全化はますます遠ざかっているが)。
でももっと根本的で、しかもやはり急ぎでなすべきことが2点ある。
1点目は予防対策で、公的年金制度が揺らいでいる根本原因を取り除くことだ。その根本原因である「オーナス効果」、つまり年金財源を支払ってくれる労働力人口がどんどん減っている状況を変える必要があることだ。そのためには日本経済における今後の働き手層を増やす、思い切った手段を採ることだ。
既に女性労働者を増やすことや高齢者に働き続けてもらう方向には、人手不足に困った民間主導で動き出している。とはいえまだまだ加速する必要があることも、彼らの労働の付加価値を上げる必要があることも、間違いない。
そしてさらに大きなインパクトをもたらすと期待できるのが移民政策の転換だ。今のような非常に限定的な移民政策(外国人労働者は受け入れるが、国籍取得を前提とせず、在留期間を制限して、家族の帯同を基本的に認めないというもの)ではなく、もっとまともな移民政策に切り替える必要がある。
国粋主義者たちは大騒ぎして移民政策の変更に反対しているが、そもそも日本は技能実習制度による姑息な「外国人労働者の受け入れ」はやっており(しかし建前と実態の違いにより、技能実習制度は国際的な批判に晒されるほど日本の恥さらしになっており、早晩廃止されるだろう)、さらに近年には新在留資格として「特定技能」を創設している。既に移民受け入れを行っている主要な国の中でも第4位に位置する実態があるのだ。
しかしもっと積極的な姿勢に転換し、日本社会を多様化させることで創造性を高め、労働者人口を少しでも増やして日本社会を再起動させるほうがずっと健全で実践的だ。
2点目は事後対策で、(政治家がだらしなくて)年金改革が思ったほど進まない場合に備えて、国民にもっと明確に自助努力を促すことだ。
「公的年金だけでは無理です。ましてや国民年金だけでは生活できませんよ。安全網としての生活保護制度は担保しますが、それに頼りたくなければ、稼げている間に将来に備えてきちんと貯蓄し、可能な範囲で低リスクの投資を積み上げて老後資金を貯めてください」と、責任ある立場にある政治家が実直に何度も国民に対し説明するのだ。
そして社会人向けに、まともな金融知識獲得のためのセミナーや勉強会の公的サポートを組織化するのだ。この際に留意すべきは、それらの事務局を民間金融会社にやらせず(彼らはそれを飯のタネにして庶民の懐からかすめ取ろうとしかねないので)、金融界OBなど、悪徳民間金融会社の手口をよく知っていて、その罠に引っかからないようアドバイスできる人たちをアサインすることだ。
そして普通の庶民が若いうちから貯蓄と投資を合理的にマネージできるよう、小・中学校から高校にかけてお金とリスクに関する正しい知識を学べるべく、教育プログラムを組み直すのだ。これは他の先進国では当たり前にやっていることだ(学校でやれば万全という訳では当然ないが、まったくゼロという日本は酷すぎる)。
どうだろう。やれること、やるべきことが日本にはまだまだ多いということがお分かりいただけるだろうか。