安倍元首相暗殺の報に接し

社会制度、インフラ、社会ライフブログ

先週は何とも嫌な週末でした。金曜に安倍元首相が銃撃され、その日のうちに亡くなってしまいました。最初に銃撃の報に接したとき、「まさかこの日本で政治家が銃で撃たれる?しかもあの安倍晋三さんが?何かの間違いではないのか」と思った方が圧倒的に多かったでしょう。私もそうです。そして「犯人は右翼か、それとも敵対勢力に雇われたスパイナー?」と想像してしまいました。


その後の報道で、安倍さんが亡くなったこと、逮捕された犯人は海上自衛隊に勤務したことはあれどむしろ「一般人」と言えること、個人的恨みで犯行に及んだこと、等々。少しずつ事実が明らかになってきました。

理不尽な犯行への憤りと、「日本に残された数少ない誇り『安全』まで危ういのか」「模倣犯が出なければいいが」という危惧などが最初は入り混じっていたのですが、(私自身は初期の政策と外交を除けば安倍政治には否定的でしたが)安倍さんの家族の悲嘆を思って、どんどん気が重くなる夜でした。戦前の5・15事件などを髣髴とさせ、これがきっかけとなって世相が暗くなり、景気悪化もあるのかと思えるほどでした。

既に各方面から指摘されているように、今回の警護体制の問題はきちんと明らかにされるべきで、二度とこういう事件が起きないようにして欲しいものです。明らかに奈良県警の手落ちです。犯人が元首相を付け回していながら断念したその前の岡山会場に比べ、素人判断でも「ここなら狙撃できる」と確信できたからこその犯行なのです。本来ならプロである奈良県警の警護部隊が万全の対策をして然るべきです。

でも実際には、安倍さんの背後はがら空き、周辺には私服刑事のみ(海外では昔から、そして近頃は日本の警視庁でも「見せる警護」といってわざと制服警官を周辺に立たせます)、刑事たちは安倍さんと同じ正面方向しか見ていない、第一撃があっても誰も安倍さんを伏せさせていない。ひどいものです。

しかも、銃撃後に逃げる犯人を取り押さえた後、周辺で警備していた刑事は一斉に取り押さえられた犯人のところに駆け寄っていました。あれでは共犯がいた場合、安倍さんにとどめを刺すことが可能でしたし、場合によっては救護者たちに対し2次被害が出たかも知れません。まったく素人以下の警護で、要人警護の訓練を受けているとは思えません。これから細かく奈良県警の対応について分析されるでしょうが、県警の幹部の多く、そして警察庁のトップと公安責任者も更迭されるでしょう。

政治家の側も考え方を変える必要があります。ああいう見通しのいい場所での選挙演説は、政治家から希望が強いのでしょうが、これからは絶対に避けるべきです。たとえ政治家と秘書が強く要望しても警護側が断固拒否すべきものです。

随分昔になりますが、私も米国留学から帰国した直後の2~3年間、有名政治家が公道上で、周りを大勢の民衆に取り囲まれた選挙カーの上で演説している日本の大都市での選挙風景に「危ないなぁ」と感じていました(米国では銃撃を恐れて、所持品検査の上で、閉鎖された会場でしか集会はしません)。でも慣れというのは恐ろしいもので、4~5年も経つと違和感がどんどん減っていたものです。これは「選挙カーの上でなら刃物で襲われる心配はない」という、銃撃を心配しなくて済んだ日本の特殊性のなせる業です。

でも今回の事件で「銃は個人でも作ることができる」ことが判明しました(以前からインターネット上では「銃の作り方」なる情報が公開されていたようですし、今どきは3Dプリンターで精巧な銃を「印刷」することすら可能です)。つまり「刀狩り」ならぬ「銃狩り」ができていたゆえの「安全な日本社会」の神話は、既に吹っ飛んでいるということになります。恐ろしい話ですが、官も民も事実認識を改める必要があります。

さて最後になりますが、犯行動機が実に不可解です。夫に先立たれた母親が、入信した旧統一教会(世界平和統一家庭連合)に多額の寄付をしたため、一家は経済的に破綻し、教会を強く恨んだ。ここまでは分かりますし、同情もします。確かにそういうことが幾つもの新興宗教で引き起こされ社会問題にもなっていました。

でも旧統一教会のトップを狙おうとしたが中々近づけなかったので、関係している(と考えた)政治家に的を切り替えた、このことがまずおかしいのです。本当に恨みがあるのならもっと執念を持って教会に近づけばいいではないですか。協会に強く抗議してハンストでも体当たりでもやればいいのです。銃の製作に関してはすごく執念を燃やしているのに、なぜか肝心のこの部分はあっさりと方向転換しているのですよね。

本人は気づいていないようですが、「狙いやすい」ターゲットに方向転換している時点で、目的観がすっかり変容しているのです。これって最近注目されている「拡大自殺」を引き起こす連中と近いのではないでしょうか。本当は自分をいじめたり冷たく扱ったりした連中に直接復讐したいけど、反撃が怖くてできない。そのため自分のことを知らず、より弱かったり物理的に狭い場所にいて逃げられなかったりする「無辜の人たち」を巻き添えにして、「社会への復讐」という言い訳を自分にして、殺人を優先目的にして成し遂げてしまう、という構図です。

そしてそもそも安倍元首相が旧統一教会と深い関係がある、と犯人が思い込んだ理由が「勘違い」なのが情けない話です。協会の関連団体「天宙平和連合」のイベントへの賛意のメッセージを安倍さんが読み上げている動画が協会のHPで紹介されていたから、ということなのです。

でもちょっと調べれば、安倍さんはむしろ「日本会議」という政治団体と、神道など伝統的宗教勢力との結びつきが強いことなどがすぐに分かったはずです(幾つかの本にも登場します)。逆に旧統一教会についてもっと調べれば、やはり安倍さんとの関係が強くないどころか、ほとんど無関係だということもすぐに判明したはずです。

こんな肝心なこともよく調べずに、殺害のターゲットを安倍さんにしてしまうなんて、なんと愚かな犯行でしょう。では山上という犯人が知的に劣っていたのでしょうか。そんなことはありません。父親は京大の工学部出身、本人も奈良の進学校出身(先に挙げた経済的事情で大学進学は諦めた)と、いたって学業的には優秀な家系だったようです。そもそも知的に劣っていたら銃の製作などはできません。

でもこの犯人は本質的な部分で「愚か」としかいいようがありませんし、その愚かな人間に(超円高という国難から日本を救い、日本の国際的地位を引き上げた功労者である)元首相をあっさりと殺されてしまったのですから、悔しくてなりませんし、ご家族・ご友人の気持ちを思うとやるせなくてなりません。