日本最大規模のホテルチェーン、アパホテルはこの春、政府の要請に応え、新型コロナウイルス感染者のうち軽症や無症状の人の一時的療養先として、自社のホテルを提供しました。受け入れ先となったのは同社の旗艦ホテル「アパホテル&リゾート横浜ベイタワー」や開業前の「アパホテル&リゾート両国駅タワー」を含む、全国9棟のホテルです。
いずれも1棟丸ごとを貸し出すという形で、とても思い切った決断だったと思います。既に予約した客がいれば、説明と予約取り消しの作業が必要になります。近隣住民への説明も欠かせません。従業員の感染防止策も不可欠だったはずです。下手をしたら従業員からの「それなら私、辞めます」という反発だってあり得た情勢でした(まだ新型コロナウイルスについて分からないことだらけで、皆が脅えていました)。
ホテル内のテナントの休業補償も欠かせません。「横浜ベイタワー」では、4軒のレストランの休業補償も用意したそうです(天晴れとしか言いようがありません)。
さらに風評リスクが大きな懸念だったはずです。「感染者が滞在していたホテル」といった風評が立つ可能性を考えれば、コロナ騒ぎが収まってからの利用が落ち込む営業上の心配は絶えないでしょう。その意味で特に驚きだったのは、開業したばかりの「横浜ベイタワー」と開業前の「両国駅タワー」を提供したことです。使い古しの「どうせリノベしなきゃいけない」物件ではなく、ほぼまっさらな状態のホテルなのですから。
こうした手間や損得・心配から政府の打診に対し二の足を踏んだ同業者ばかりの中、同社の代表はほとんど即答で了解したそうです。お陰で東京・神奈川だけでなく全国の多くの自治体が一時的療養先の確保が進み、救われたはずです(住民にも安心でした)。実際、ピーク時の5月上旬から中旬にかけて同ホテルは1日あたり100人超を受け入れたそうで、医療崩壊の食い止めに縁の下で一役買ってくれました。
ところがこの美談には一方で、残念な反応もあったようです。アパホテルの勇気ある決断にうがった見方をする連中も少なくなかったことです。
「行政による借り上げはホテルにはばかにならない収入になる。コロナ禍でインバウンド需要が蒸発し、自粛で一般客も減少した今、収容先に立候補した方がもうかるはずだ」とか、「スタンドプレーであり、要は自社の宣伝になると考えたのだろう」などといった心ない言説も流されたようです。
はっきり言って、こんな見方をする人は、事情もよく知らず物事を考えもせずに発言する連中です。そして自分の物差しでしか世の中を見ることができない人間なのです。
先に述べたように、運営・回復の手間と風評リスクを考えたら今回の同社の行為はとても割に合わないものです。損得だけを考えたら、少なくとも「補償はどうなるのですか?」とか云った確認をした上で、しばらく考えさせてもらうでしょう。政府や自治体から提供を打診された多くのホテル経営者がそうしたように。
でもアパホテルの名物女性社長は打診されたその場で即断してOKを出しています。彼女にとっては利得云々よりも「国難ともいえる状況でお国の役に立つ、世の中の役に立つ」ことが最優先の価値なのでしょう。従業員も彼女の決断を全員支持したと聞き、「よかった」と心から思いました。
https://news.biglobe.ne.jp/entertainment/0407/grp_200407_0411838868.html
彼女の奇抜な恰好と派手なパフォーマンス、そして変なCMのせいで、私はアパホテルを少々苦手に思ってきましたが、この1件で完全に同社のファンになってしまいました。
立派な経営理念を掲げていながら、危機になると自社の利益・都合だけを優先する企業があります。片や、普段は多くを語らないけれども世の中が困ったときに目先は自分が損をしても人の役に立とうとする企業があります。人間と同様、企業の本性は苦境のときにこそ現れるのではないかと思います。