円安のせいで海外進出・海外M&Aが抑制気味になっているとしたら日本企業にとっては危うい。個別案件が為替に左右されるのは仕方ないが、海外戦略方針自体は為替動向ではなく長期視点で腹を括るべき。
最近、大手M&Aアドバイザー企業に務める知人と話す機会がありました。円高時にはオーバーヒートといってもいい状態にあった海外M&Aの案件数が、このところの急激な円安のせいでかなり減少気味とのことで、少々ボヤいていました(もっとも、きっと海外企業からの日本企業買収の案件は増えているでしょう)。
実は弊社では逆なのです。むしろ日本のクライアント企業のための海外企業に対するM&Aもしくはパートナー探しの案件がこのところ増加気味なのです。もっとも、その知人の企業と弊社では元々の案件数が格段に違うので、むしろ彼の話が日本企業のすう勢を示しているのだと思います。そしてこれは日本企業ならびに日本経済にとって危険な兆候です。
知人は不思議がっていましたが、弊社のクライアント企業は決して「変人」会社ではありません。むしろ全般的にはごく普通の企業です。ただ普通と違うのは、それらの大企業が海外市場でのパートナー企業探しに本気になったのはごく最近であり、むしろ世の中のすう勢からすると若干遅れ気味だったに過ぎません。
もちろん理想を云えば、2年以上前までの円高時であれば割安に資本参加(またはより多くの株式を取得)できたはずですが、その時には彼らの意思が十分確立していなかったのです。社内の体制も揺らいでいたようです。
それに対し、いずれの会社も今は、「ここで本気になって攻めないことにはいつまで経っても埒が明かない」「自力だけでは強力な競合相手を凌ぐ市場開拓は無理」と、ようやく腹が据わったのです(我々が説得したのも事実ですが)。つまり当該社にとっては海外M&Aの「適切な時」が来たのであって、その意思には為替は直接関係ないのです。
多くの会社がここで間違えます。日本の大手・中堅の製造およびサービス企業が円高に押されるように、我先にアジア諸国に拠点を設けようと進出したのは記憶に新しいと思います。それが、昨今は反動時期に来ている模様です。中国では人件費急増や反日デモに悲鳴を上げ、それで逃げ出した先のタイではクーデターで市場の先行きが見えなくなって途方に暮れている、といった図です。
戦略方針を確立しないまま腹も括らず、「ブーム」に浮かれて進出したところは今、苦境にあって苦しんでいるのです。進出時は円高だったので、拠点設立コストやパートナー企業への資本参加は割安に済んだかも知れませんが、進出自体に失敗しては元も子もありません。
反対に、今は円安に反転したからといって海外進出をあきらめるのも単純には頷けません。確かに製造業の場合には、製造拠点を日本に残すのか海外に移すのか(もしくは逆に日本に戻すのか)が為替によって大いに左右されるのは仕方ありません。しかしサービス業の場合、日本国内の市場が縮小するのが明白ならば、たとえ円安だろうと腹を括って海外に進出するべきなのです。多少進出コストが円高時より余計にかかっても、企業存続に必要ならば断固として行うべきです。
そして海外進出の一方策として現地企業を買収もしくは資本参加する際には、個別案件で買収株数や金額が影響される(場合によっては案件自体を「割高過ぎる」と断念する)のは仕方ありませんが、円安ゆえに海外進出・海外M&Aの方針自体にブレがあってはなりません。
為替の変動は、海外進出する日本企業にとって「塞翁が馬」だと小生は考えます。なぜなら、円安ゆえに「札束で頬を叩いて買う」ような真似ができないため、その分だけ組織運営や市場開拓に知恵を使わざるを得ないとか、パートナー企業に対し誠実さを見せなくてはならないことにつながります。結果として、傲慢な形にならず、現地市場と正しい会話ができる可能性が高まる、という意味で却ってよいことかも知れません。