11月14日(木)に再放送された「BS世界のドキュメンタリー」は「低価格時代の深層」(原題:The Age of Cheap)。安い中古車でアイルランド、フランス、ブルガリアなどヨーロッパ各地をめぐり、ディスカウントの舞台裏を探る異色のロードムービー形式。
現代の消費社会において低価格の魅力は大きい。だが、低価格は本当に生活を豊かにしているのか―?そうした問題意識が何度も浮かぶ。
最初の目的地はダブリンに本社を置く格安航空(ライアンエアー)。航空業界に競争と徹底したローコスト戦略を導入したと創業者のCEOは自慢するが、彼は英国有数のビリオネア。何と、同社では飛んでいる最中以外の準備や着陸後の乗客誘導などに客室乗務員(CA)の給与は支払われない。手当も失業保険も福利厚生も何もない。こうした低賃金がパイロットやCAたちの心理的、肉体的負担、サービスの低下につながり、多くが会社を辞める。いじめや嫌がらせが蔓延し、今や会社全体が疲弊していると元従業員らが証言する。この会社のフライトには乗りたくないと素朴に感じる。
パイロットの多くが個人事業主として派遣会社と契約し、派遣社員として働いている。CEOは労働組合対策だというが、一番大きいのは年金も健康保険もこの会社はほとんど支払わないで済むことだ。パイロットは年を食って働けなくなったらお払い箱となり、路頭に迷う不安が大きい。
フランスの大手格安スーパー(ハード・ディスカウント店)では、人員削減のためマネージャー自らがレジを打ち、1日5トンもの商品を運ぶ。日本でいう「なんちゃってマネージャー」だろう。常に言われるのは「考えるな」「決められたことだけをせよ」ということ。驚いたのは、マネージャーのデスクでの文具の置き方までマニュアルで決められていることだ。明らかに異常である。
そして従業員が不正をしないか、サボらないかを監視するのが店長そして地域マネージャーの主要な仕事だとは…。従業員に圧力をかけ、密告を促し、過剰な懲罰を与えることで恐怖心を植え付け、人間関係を分断するのだ。これがこの会社の組織的かつ確信的な労務管理法だという。この会社の労働争議を扱った弁護士や元従業員の証言が本当だとすれば、とんでもない会社であり、いずれ崩壊するのではないか。
ベルリンのハード・ディスカウント店はアルフレッド兄弟が創業者で大富豪。最初の証言者は元の側近で今は弁護士。ビジネスモデルの優れた点を述べる。しかし次の証言者は組合の幹部。労働者の不安定な立場と経営者の富豪ぶりのアンバランスさを指摘し、「人々がディスカウントを求める風潮が貧困を招いている」と警告する。日本の経験とも一致する。5つのディスカウントショップが市場を制圧したことなど、ドイツ社会はすっかり変質したことが示唆される。
ルーマニアではアメリカの豚肉生産業者が40もの大規模プラントを建設したが、地元の雇用はわずか4人。大量に出る豚の糞が地下水を汚染し、住民が長年利用してきた井戸水が使えなくなる事態が発生している。
ここにも、先進国の消費者のための市場経済原理主義が発展途上国の社会を疲弊させ、利益ではなく外部不経済をもたらす構図がある(日本企業がこうした腐敗の構図に関与していないことを祈る)。そして先進国からは雇用を根こそぎ奪う。低賃金、重労働、環境破壊、等々。低価格の代償は決して安いとは言えない。