不可欠なのは道路インフラの維持管理コストの抑制であり、そのために必要なのは住民ボランティアと、優先度づけを判断するための点検の自動化・効率化。
前回、以下のことを論じました。長きにわたって建設ばかりに目が向いていた道路・橋梁・トンネルなどの道路インフラはこれから本格的な老朽化と改修の時期を迎えること、人手不足等から道路インフラの維持管理コストが急上昇していること、一般道路に対し管理責任のある地方自治体に道路専門家が少なく実質的には放置されていることなどです。結論として、使えない道路が急増する危険を回避するには、これからの道路予算は新設よりも維持管理に優先的に振り向けるべきと断じました。
しかし実はそれだけでは十分ではありません。あまりに長大な距離の道路を日本全国に張り巡らせたせいで、このままでは道路インフラの維持管理に掛る手間とコストが膨大になり過ぎてしまうことが明白なのです。政府もこのことには気づいており、数年前から対策を検討してきております。
http://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h23/hakusho/h24/html/n1216000.html (国土交通白書2012)
不可欠なのは道路インフラの維持管理コストの抑制であり、その具体化方法の検討・開発です。
難しいながらも本来最も効果が高いのは、維持管理すべき対象を絞ることです。人口縮小に合わせて地域の居住区の集約を図り、使わなくて済む道路は閉鎖するのです。民間ならば当たり前の「リストラ策」ですが、公共の施設に関しては、よほど胆力のある政治家がいるか、自治体が破たんして他に選択肢がないか、いずれにせよおいそれと進む話ではありません。市民○○センターなどという地域の公共の建物であれば、維持する予算がないからと開き直って閉鎖する選択肢もあるようですが、こと道路・橋に関しては生活インフラですから、その先に住んでいる人がいる限り、閉鎖するのは最後の手段でしょう。
こうした議論でよく出るのは、「じゃあ民間委託してみれば」という意見です。維持管理の具体的諸業務の大半は既に民間の会社に委託されて実施されているので、ここで意味するのは「包括的民間委託」、すなわち道路の管理をまるごと民間に任せてインフラ維持をしてもらうということです。でもこれは道路を有料化しそこから上がる収益で賄うということですから、それができる区間は日本全国でも非常に限られており、大半の一般道路には当てはめることができません。
となると現実的な手段は限られてきて、それは地域住民によるボランティア活動と、ICT(情報通信技術)による徹底した省力化・効率化ぐらいしかないと小生は考えます。
前者は、他の公共インフラ(地域の寄り合い所や鉄道駅舎、公園など)の維持管理に関して既に一部の自治体で実施されている手段で、ある程度の有効性が認められています。掃除や簡単な修理など、できることは地域住民が自ら行うというものです。老朽化が進んで壊れかけているとか標識などが破損しているなど、問題がある外観部分をスマホで撮った画像データを役所に知らせてくれるだけでも大いに助かるわけです。ボストンでは”Citizens Connect”の名称で2009年から導入されている仕組みですが、その有用性に惹かれ、今やマサチューセッツ州の他の市・町に拡がっているそうです。
http://www.cityofboston.gov/doit/apps/citizensconnect.asp
もう一つはより専門的な対策です。優先づけを判断するためには、道路や橋梁などの施設の状況を日常的および定期的に点検する必要があります。その方法は国交省などにより定められており、従来は主に目視・打診に依存していましたが、これをよりハイテク化することです。
既に路面状態を保守車両に搭載した専用機器で撮影し、その画像データを解析するシステムは、道路建設や測量関係の民間業者各社から出されています。走行しながら道路を打診する専用車もあれば、道路において陥没の恐れがある箇所を、内部を破壊することなく診断する技術も進歩しており、さすがハイテクの国・ニッポンと感心します。
特に崩落時に引き起こされる問題のインパクトが大きい、橋・トンネルの老朽化を早期に把握できる手法の開発・確立が早急に求められています(日本では笹子トンネルでのパネル崩落事故の衝撃が大きかったようです)。例えば省電力型のセンサーを橋梁の幾つもの個所に設置することで老朽化の進行を自動的にモニタリングする仕組みや、非破壊で内部構造を診断できる中性子など光量子技術の研究や実証実験が進んでいます。そしてこれらにより計測されたデータを収集・解析するのにも民間のICT技術への期待が大きいところです。
しかしいずれも難点があります。まず画像データを収集するために保守車両を日常的に走らせる手間やガソリン代がばかになりません。範囲が限定される高速道路には有効ですが、一般道路だと対象が広過ぎて効率的ではありません。そもそもそんな高価な専用の測定・診断機器やシミュレーション・管理システムを導入する余裕は普通の地方自治体にはありません。
むしろ先に触れた、住民からの通報を活発化する、通報があった箇所をより効率的に突き止める、といった部分での工夫を組み合わせることが求められそうです。その上で、入手可能な範囲でハイテクをうまく活用することです。
最近では、保守車両だけでなく一般車両のGPSデータと関連させた走行データ(プローブ・データ)を大量に集め、そのビッグ・データを解析することで、特定地点の路面に問題があることを推測する実証実験も日本その他で行われています。もっと簡易的にスマホを持つ市民の協力を得て、一定期間同様の実証実験で効果を上げた例も世界にはあります。車メーカーやICTベンダによる、こうした技術開発との組み合わせも期待されるところです。
問題スポット領域がある程度絞り込まれるだけでも、その辺りを先の精密な機器で念入りに測定・診断すれば、効率は各段に上がります。先に挙げた専用測定・診断機器を(所有するのではなく)一定期間レンタルすることも選択肢に入るでしょう。
課題としては、こうした民間各社が独自に開発している測定・診断技術やシステムは単独では費用対効果が分かりにくく、個別導入ではインフラ維持管理業務の全体効率向上への貢献はあまり大きくないと懸念されることです。各社の技術・システムをうまく組み合わせ、それらを連携的に運用する基盤的仕組みが望まれます。できれば色々な市町村および都道府県がまたがって使えるような共通基盤ならば、割安になるのではないかと期待されます。
そのためにはどんな技術をどう連携させると効果的なのかを、ベンダが集まって検討することが求められます。もし自主的に集まるのが進まないのなら、役所や中立的な機関がベンダ各社に声を掛け、全国で条件の異なる地域を選んで集中的に実証実験することが必要です。その際には先に述べた住民ボランティアの参加も計画に織り込んで欲しいものです。
この道路インフラ維持管理分野で有効な方法を開発できれば、国内のインフラ維持コストの抑制になるだけではなく、先進国および一部新興国へのインフラ輸出のキーパーツとなる可能性も十分あります。日本を元気にする、重要な処方箋の一つだと小生は考えています。