11月末、日本の農業政策の大転換となる「減反制度の廃止」が決定。生産規模の拡大や輸出増大に弾みがつくと期待する農家がいる一方で、助成金を支えに経営を維持してきた零細農家は存続の岐路に立たされる。これまで“聖域”として守られていた米価も、他の作物と同様に市場の需給によって決まることになり、コメ農家には高い経営力が求められる。国の成長戦略の下で、生産力拡大を旗印に進められる農業の構造改革の一丁目の一番地、“減反廃止”決定がもたらす生産現場への波紋、新たに開ける可能性を追った番組、「クローズアップ現代」の11月28日(木)放送「コメ作り大転換 ~”減反廃止”の波紋~」を観た。
“減反廃止”に大規模農家は期待する。コメの一大産地、北海道の駒谷信幸さんは減反が廃止されることを前向きに捉えているという。現在は10ヘクタールでコメを作っているが、かつては地域有数の大規模なコメ農家。昭和30年代以来、地域に先がけて大規模化に乗り出し、水田を次々拡大していったが、29歳のとき減反政策が本格的に始まった。生産を減らさなければ、地域に農業の補助金がつかなくなるという厳しい措置も取られ、駒谷さんや周囲の農家は、減反に応じざるをえなくなり、自由なコメ作りができなくなった。
駒谷さんは、水田のほとんどで転作を進め、現在は、主にタマネギやジャガイモなどを生産している。今回の見直しで、コメの生産量の割り当てがなくなれば、再び、自由にコメが作れるようになると期待している。今、生産しているのは全国的に人気の高いブランド米「ゆめぴりか」。消費者やスーパーに直接販売しており、販売価格は10キロ、4,500円。平均的なコメに比べ高めだが、日本各地から注文が相次いでいる。今後は市場のニーズや価格を見極め、コメを増やしたり、野菜を増やしたりと自由な生産ができると考えている。
一方、今後もコメ作りを続けていけるか不安を感じている農家も少なくない。山あいにある1.5ヘクタールの水田で、コメを生産している兼業農家、古滝初男さんが心配しているのは、農業収入の落ち込み。去年(2012年)のコメの売り上げはおよそ130万円。減反で国から得られる交付金などが、およそ60万円。そのほかを合わせると196万円。これに年金などを加えて暮らしている。今回の見直しで、5年後には交付金のうち21万3,000円が減るという。さらにコメの価格が下がれば、代々守ってきた水田を維持できなくなるのではと心配している。
古滝さんは仲間と共に品質の高いコメ作りに取り組んできた。そのコメは全国コンテストで最優秀賞に選ばれたこともあり、地元でも人気。今の収入を維持するには、水田の規模を拡大し、収益を上げる必要があるが、中山間地にあるため、大規模化は難しい。こうした実力ある農家でも難しい側面があるということだ。
生産者同士、または企業と連携する動きも出ている。11月に発足したコメの生産者連合では、秋田や宮城、岩手の大規模な生産者同士が県をまたいで連携した。連合会では、1万ヘクタールの水田で55,000トンものコメを取り扱うことを目標に掲げている。大規模でコメを生産することで、コストの大幅な削減や高い供給力を実現したいとの狙いだ。東日本コメ産業生産者連合会 涌井徹社長「…農家個々ないし農業法人個々では、力が弱いので、そこはぜひ連合会としてやっていく」。
連合会の供給先の1つは、これまでコメとは無縁だった大手生活用品メーカー、アイリスオーヤマ。スーパーマーケットやホームセンターなど全国に13,000店舗の取り引き先を持つ、そのネットワークを活用してコメを販売していく計画だ。先週、そのコメが首都圏の大手スーパーで売り出された。商品の特徴は3合ずつ、小分けの袋詰めにされている。1人暮らしの世帯などの需要の掘り起こしを目指している。
一方、JAグループも販売の強化に乗り出している。今月発表されたオリジナルブランド。いずれも国産のコメなどを使った加工食品。農産物の付加価値を高めて消費者にアピールする狙いだ。JA全農 生活リテール部 高崎淳次長「コメだけの部分の提供であれば、今までの流れからいうと、さらに消費が減退する可能性がある。その中にあって、(コメの)加工食品を作ることによって、コメとしての需要拡大、維持拡大をしっかり行っていきたい」。
こうした中、新たな市場を海外に求める大規模農家も現れている。紹介されたのは岩手県北上市にある農業生産法人。従業員は100人。地域の雇用の受け皿になっている。5ヘクタールからコメ作りを始め、担い手不足などで生じた耕作放棄地を次々と借り受け、水田面積は今では、205ヘクタール(東京ドーム44個分!)。大規模化によるコスト削減で、現在、コメ60キロ当たりのコストは9,552円。全国平均よりも40%低い水準にまで達している。それでも、国内需要の伸びが今後見込めないことに強い危機感を感じているという。一時は輸出を検討したが、現地との価格差が大きく十分な利益を上げられないことが分かった。西部開発農産 照井耕一会長「うちで作っているコメがいくら低コストでやっても、今の段階では9,600円。そうすると日本(で生産)というのは、限界があるかも知れない」。
そこで今年、照井さんは海外にも生産拠点を設けることを決めた。進出先として選んだのはベトナム。1年に2回から3回の収穫が可能で、日本よりも多くの生産量が見込める。照井さんは首都ハノイ近郊の4軒の農家と契約。日本の品種「ひとめぼれ」や「あきたこまち」を試験栽培している。照井さんの試算では、ベトナムでの生産コストは60キロ当たり4,200円。日本の半分以下にまで削減できると見込んでいる。このベトナムを生産拠点に、富裕層が多いシンガポールやタイに向けて輸出する戦略だという。
しかしこの輸出先に日本が将来加わらない保証はない。日本の農業が技術革新と産業革新によって足腰を強化するための時間はそう多くないのだ。だからこそ農協などの抵抗勢力の戦術に足止めを食らわずに着実に歩を進めなければ、日本のコメづくりは立ち行かなくなる。