3月23日(日)に放送されたNHKスペシャル『里海 SATOUMI 瀬戸内海』は、約1年かけて制作された番組。それだけに重厚な内容で、非常に感銘すると同時に、ヒトの責任を突きつけられる思いがしました。
瀬戸内海の環境がここ数年、劇的に良くなってきているというのは何度か聞いたことがあります。高度経済成長期には赤潮が頻発する「瀕死の海」であったはず。なぜ蘇ることができたのか。自然を取り戻すための、地元の人たちと研究者の長い長い闘い、そして二度と失ってはいけない豊潤な自然のありがたさを番組は伝えてくれました。
地元の人たちは瀬戸内海を「里海」と呼ぶそうです。ちょうど田舎の人たちが地元の山々を「里山」と呼んで代々育ててきたように。その「里海」は、狂乱の高度経済成長期に人間の欲望の犠牲になりました。工場廃水や生活排水を十分濾過しないまま大量に垂れ流し続け、海の自然浄化機能を超えてしまったため、富栄養化物質が原因となって大発生したプランクトンによる赤潮が大発生したのです。魚たちが酸素不足で死んでしまう、「瀕死の海」となったのです。
その復活の鍵はカキでした。プランクトンをエサとする養殖カキの浄化作用により、劇的に環境が良くなったのです。1個につき風呂桶1杯分という浄化能力を持つというカキが、瀬戸内海全域に65億個もあるそうです。カキ養殖筏の中には、カキにくっついた海藻やイソギンチャク、ホヤなどで、筏の下はまるでお花畑。「海のゆりかご」アマモ場の生き物たちの競演。絶滅寸前から蘇った「生きている化石」カブトガニ。イルカの仲間スナメリの貴重な映像。四季折々の瀬戸内海の映像美を堪能しました。
しかしその復活の過程は容易ではありませんでした。岡山県日生(ひなせ)の漁師たちは、まず魚の繁殖地にもなるアマモを増やそうとタネを撒き続けました。しかしアマモはすぐに枯れ、なかなか育たなかったといいます。海水が濁っているため、十分な光合成ができなかったからです。
そこでカキの浄化作用によって水をきれいにし、アマモの成長を促そうと、カキ筏(いかだ)をアマモのタネを撒いたポイントへ移動したのです。すると水が浄化されてアマモも繁殖、やがてその場所に魚が生息するようになり、そこでの漁獲量も増えていった•••という循環ができていったのです。これを何十年と続けてきたからこその海の復活なのです。日生の漁師のことばが印象に残りました。「あきらめたらいかんかもしれんなあ、なんにつけても」。
人も自然の一部と考え、ヒトが海のお世話をしながら命のサイクルを活性化させる(地域によっては近くの森も含む例もあったはずです)「里海」の考え方が、海の力を回復させたのです。この日本独特のやり方は今、“SATOUMI”として世界に注目されているそうです。それまで世界では「汚染された海を元に戻すのは人間の関与をなくすこと」という考えが主流だったのです。人間と自然を対立的に考える西洋科学主義にとらわれていたためでしょうね。今やこの日本式“SATOUMI”こそが汚染や海洋資源の枯渇に悩む海の解決策として、世界中で試行・導入が始まっているのです。日本人としてちょっと誇らしい気がしました。
自然とどう付き合っていくべきか。傲慢になりがちな現代の科学社会、そして目先の利益を追うグローバル経済に対し、人間がなすべきこと、やってはいけないことを突きつけているように思えました。