消費税論議にみる財務省の深謀遠慮

BPM

財務省案の評判は散々である。確かに「軽減税率に関する代替案を提示せよ」というお題からは外れている。しかし「与党の議論を振り回す」という隠れた目的は既に達成している。そして真の目的である「軽減税率の導入」へと議論は向かいつつある。財務省の筋書き通りに事は進んでいるのではないか。

2017年4月予定の消費増税時に合わせて導入する軽減率案として財務省が提案した「日本型軽減税率制度」に対しては、与党からも識者からも批判が轟々と上がっている。

いわく「マイナンバーカードを持ち歩くなんて、消費者にとって面倒さとリスクが大きすぎる」「小売業者全てに読み取り装置導入と面倒な事務作業を強いる」「必要なインフラコストが無闇に高すぎる」「そもそも負担感の軽減にならない」などと散々である。ネット上にも「だから役所の連中は」といった憤慨する声が溢れている。

しかし財務省というお役所はやたらと頭のよい(しかも狡猾な)「官僚中の官僚」たちが集まった中央官庁である。過去、様々な策を弄して多くの政治家を言いくるめ、マスコミを通じて世論の方向性を操作してきた、その経験・ノウハウの蓄積は生半可なものではない。しかもその中でも主税局といえば、役所の予算を握る主計局と並んで、エリート部門だ。

そのエリート官僚たちが、この素人でもおかしいと感じる穴だらけの案を、これがベストだ、是非実現させたいと本気で考えたとは小生にはとても思えない。

決して一部の政治家たちが言うような「机上論に過ぎない」「財務省の役人は世の中を知らない」などというナイーブな(世間知らずな)提案であるはずがない。むしろこの案自体は「目くらまし」である可能性が高い、と考える次第である。

そう考えてみると、明らかに軽減税率制ではない内容なのに「日本型軽減税率」などという人を食った名をつけるのも、かなり確信犯的である。つまり批判され、潰されることを前提とした提案なのである。

その狙いを考える前に、財務省の立場をおさらいしよう。

周知のように、財務省は国家の財政を預かる役所である。その影響力の源は、各中央官庁に対する予算案査定の権利を握っていることと、国税庁を傘下に持っていることで税金逃れをしがちな政治家や企業を脅す手立てを持っていることである。

財政再建を錦の御旗にしていることも周知の通りである。ここで世の中的には勘違いが生じやすい。財政再建を絶対命題とする役所だから、「消費税再増税の実現」にはもちろん賛成であり、かつ税収入を減らす要素となる「軽減税率の導入」には反対だと。財務省案に対する批判の中にも、「あれは『軽減税率潰し』の陰謀だよ」という解説もまことしやかに飛び交っているらしい。しかしそれは「美しき誤解」とでもいうものだ。実は財務省は「軽減税率の導入」に賛成の立場なのだ。

決して「社会的弱者への配慮」などという理由ではなく、与党・公明党への政治的配慮でも当然なく、また「軽減税率を導入することで将来、さらなる増税が必要になった際に社会的に受け入れられやすくなる」という政策的判断が主たるものでもない(最後のは多少はありそうだが)。

「軽減税率」というものは線引きが難しく、大概の導入国ですったもんだの議論を呼んできた歴史がある。実際日本でも、軽減税率導入に関する与党協議がまとまらないため、財務省に一旦下駄を預けたからこそ、こんな事態を招いているという経緯がある。

もし「軽減税率」の導入が正式に決まり、しかも線引きに関しては例えば「生活必需品に適用」(これが落し処の本命)という方針が決まったら、実務的素案づくりは一旦財務省に任されるはずである(その後、正式には政治家による決裁が幾段かに分けて下される格好ではあるが)。

すると幾多の業界から「我々の製品(またはサービス)は軽減税率の対象にして欲しい」と、財務省詣でが始まることはほぼ確実だ。課税対象となるか否かは各業界にとっては死活問題であり、財務省は天下り先確保という利権が一挙に増えるという仕掛けだ。

さて、ここまでで財務省が「消費税増税推進」かつ「軽減税率導入賛成」の立場であることが理解できたと思う。この認識の上で、財務省が稚拙な案をこの段階で出してきた狙いは何か、考えてみていただきたい。小生は2つあると思う。

一つは、目くらましとしての財務省案を否定させた上で、最終的にはそれよりはずっとましな策として「軽減税率の導入やむなし」と自民党も世論も納得させること。これが主な狙いだろう。

実際、既に与党の議論は今や「財務省案か、軽減税率か」に収れんされ、大新聞や色んな識者が「軽減税率こそが唯一の解決策」だという論調に統一されつつある。

軽減税率に大反対してきた日本商工会議所、全国商工会連合会などの中小企業団体、日本チェーンストア協会などの小売り団体も、その声に押されて軽減税率に消極的だった自民党の政治家たちも、少しずつ外堀を埋められているのを感じているのではないか。

うまくいけば、小規模業者に益税を吐き出させる仕掛けとして有効な「インボイスの義務化」まで達成できるかも知れない。とはいえインボイス方式の導入というのは、財務省にとっては賛成してもよいが、そのために議論が紛糾するくらいなら、交渉条件として提示しておいて最終的には引っ込めてもいいと考えている程度の本気度ではないか。

もう一つの狙いはより巧妙な調整を要するものだ。それは議論の時間をある程度無駄遣いさせ、しかも世論を喚起させた上で、最後には「軽減税率の対象は生活必需品」といった「役所による解釈」を要する落し処に持っていくことだ。

「生鮮食品のみ」などと、あまりに線引きがはっきりとし過ぎては幾多の業界からの陳情を受け付ける余地がなくなり、財務省の利権につながらない。しかし逆に「準備の時間がなくなったので、軽減税率導入は次回の増税時には見送り」となってはまずい。

ましてや「低所得者の負担軽減がまとまらないため、消費税の増税自体を再度見送り」となってしまっては元も子もない。しかも最終的には、具体的な線引き案づくりは財務省任せとならなければ利権が生まれない。非常に微妙なさじ加減を要するのだ。

最終的にこの微妙な落し処に持っていくため、財務省は今後さらに、様々な手練手管を使う可能性が高い。そして最終的には多くの業界の陳情合戦に持ち込もうとするだろう。

心ある市民やマスコミはその部分にこそ監視の目を光らせるべきであって、目くらましである現「財務省案」の批判のために議論をもてあそんだり、政治家に余計な時間を使わせたりすべきではないのだ。

一方、小生のように企業の新しい戦略や改革を企画・推進する人間には、彼ら中央官僚の議論誘導法には学ぶべき点が少なくない。もちろん、狡猾な策を自ら弄することはお薦めしない。しかしながら、反対者がどう仕掛けてくるのか、議論を潰そうとするのか、非常に参考になることも事実だ。