「アジア経済危機」の再来を危惧する声がある。それゆえ進出に二の足を踏む企業がいる。しかし経済動向よりも大きなリスクを覚悟することのほうが、この魅力的市場への進出には重要だ。
5月に米FRBのバーナンキ議長が量的緩和縮小の可能性を示唆して以来、国際的資金の流れが一変し、それまで米国から新興国に溢れるように流れていたマネーが逆流している。これに最も影響を受けているのがブラジル、インド、インドネシアだと言われる。その影響に加え、中国経済が失速気味なこともあり、東南アジア経済は大丈夫かと聞かれる頻度が最近増えてきた。
皆さん、「アジア経済危機」の再来を危惧しているようである。確かに環境条件は似ていなくもない。そうした質問をされる中には、東南アジア市場への進出を計画していながら、踏ん切りがつかないまま1年以上経過してしまった中堅企業の幹部の方が何割か含まれている。ますます迷ってしまっているのである。
弊社はあくまで東南アジアの一部の市場への進出を支援するだけであって、東南アジア経済の将来予測をする立場にはない。また、東南アジア経済全体がよくても、ご自分達が進出する国・地域経済、当該産業の景気動向は異なるかも知れない。それに弊社は、インドネシアは対象市場としてカバーしていない。だから一概に「大丈夫です」とか「注意が必要ですね」などと気軽には答えられない。
しかし何といっても最も気になるのは、現地の景気さえよければ進出が成功するかのように錯覚されているのではと思えることである。なぜなら、進出するならどういうビジネスモデルと事業戦略をもって現地市場を開拓するのかを突っ込んで尋ねても、明快な答えが返ってこないからである。「技術には自信がある」というだけでは明らかに足らない。こうした覚悟や準備のない企業が何となく進出して勝ち残れるような生易しい市場ではないのだ。
以前から弊社が主張していることだが、東南アジアでのビジネスは「業界秩序のない闘い」である。日本でよくあるように、大手は大手同士で、下請けはその傘下でそれぞれ競争する場合、競合が誰でどんな動きをしようとしているのか、大体は見当がつく。しかし少なくとも小生が知る東南アジア新興国の代表的市場では(日系企業同士の取引を例外として)、新興企業が大手企業の牙城に挑むのは当たり前で、いつ見知らぬ競合が出現するか、安心できない。さらに勝ち組企業が取れるものはかっさらっていくし、一旦決まったはずの取引が後出しジャンケンの競合に奪われるのも日常茶飯事である。しかも競合の動きが素早く、ベンチャー感覚でないとついていけない。まさに「生き馬の目を抜く」世界である。
そんな市場に、日本での従来ビジネスが伸びないからというだけで、しかも真剣に考えた戦略も準備もなしに進出しようというのは危険きわまりないということは理解していただけるだろうか。むしろ日本でのビジネスを工夫して再成長を目指すほうが近道であることも多いはずだ。
逆にいえば、もしそうした覚悟と明快な戦略を持っているのであれば、東南アジアはマクロ的には伸びる余地がまだまだ多いので、とても魅力的な市場である。それにさすがに主要国では経済基盤が強化され地域協力体制もできたので、「アジア経済危機」の再来はないというのがもっぱらの評である。たとえ短期的には「景気不順」期間を予想外に長く経るとしても、それは中途半端な競合を振り落としてくれる作用を果たすので、勝ち残った企業が儲かるようになる期間を却って縮めてくれるかも知れない。そんなふうに考えてはいかがだろう。