日銀のゼロ金利政策は家庭から大企業への富の移転を意味する

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日銀の黒田総裁が20日記者会見し、長期金利の変動幅を従来の「プラスマイナス0.25%」から「プラスマイナス0.5%」に拡大した件につき、「金融緩和の効果がより円滑に波及していくため」であり、「利上げではない」とし、「(金融政策を正常化する)出口政策の一歩ではない」と述べました。

この政策自体の意図はなるほどその通りなのでしょうが、世の市場はそうは受け止めていません。多くの市場参加者にとって「寝耳に水」のこの日銀の決定を受けて、同日午後のマーケットでは金利が急上昇、株価が急落、円相場は急伸しました。要は、市場は「事実上の利上げだ」と受け止めたということなのです。黒田氏の意図とは別に。

まず、日銀はなぜこのタイミングでこうした政策の修正を行ったのでしょうか。日銀は20日付の発表文書『当面の金融政策運営について』の中で、「緩和的な金融環境を維持しつつ、市場機能の改善を図り、より円滑にイールドカーブ全体の形成を促していくため、長短金利操作の運用を一部見直すことを決定した」と伝えています。そして黒田総裁は来年3月いっぱいの任期で退任します。

要は、「このままだと日本における金融市場機能の不全という副作用がのっぴきならない状況になりそうなので、まともなイールドカーブが形成されるように、渋々ながらだけど長短金利操作の幅を拡大するよ。でも本質的な政策変更は黒田総裁が退任する来4月以降を待ってね」ということなのです。

金融市場機能の不全というのは何か。それは異例の金融緩和がもたらしてきた副作用、つまり日本銀行の国債の大量買入れがもたらす、日本銀行の財務への悪影響、国債市場の流動性低下などを指しています。本当は大半の銀行が融資でも国債の売買でも稼げなくなって収益が大きく減損していることも含むべきですが、そして諸々の問題がありますが(幾つか過去のコラム記事でも指摘してきました)、日銀はそんなことは知ったことじゃないでしょう。

イールドカーブの問題についてはちゃんと解説すると却ってややこしいので、ここでは簡単に「日銀は、10年物国債の金利に目標値を設定し、国債買い入れを通じてイールドカーブ全体を望ましい水準に誘導するイールドカーブ・コントロール(YCC)政策を図ってきた。しかしマイナス金利政策の具体的行動『日本銀行による長期国債の大量買入れ』は国債の流動性を低下させ、市場機能を損ねるリスクを高めたことで、かえって国債市場の混乱につながる可能性を高めた」とだけ申し上げましょう。

NRIの7月のコラム記事『行き詰まった日銀のイールドカーブ・コントロール』にこの辺りの事情が詳しく解説されているので、興味のある方はご参照ください。

さて私が言いたいのは、こうした日銀の無理筋政策の本当の狙いは何だったかという点です。この日銀による『異次元の金融緩和』はアベノミクスの中核政策でした。それはアベノミクスのコンセプト『トリクルダウン』、すなわち「上が儲かれば、いずれ下にもおこぼれが回ってくる」というシナリオの有力な実現策の一つだったのです。

株式市場が上がって富裕層が儲かれば、高額消費と土地等の投資が盛り上がる。異次元の低金利が引き起こす円安によって日本産業の中核である輸出型大企業が儲かれば、国内にも投資してくれるだろう、その下請け企業が儲かり、やがて従業員の賃金も上がり、消費が盛り上がる。この2つが相まっていずれ景気を刺激してくれる、というのが『トリクルダウン』のメインシナリオだったのです。

でも実際は周知のようにほとんど全てが「絵に描いた餅」でした。このトリクルダウン・シナリオ、何が間違っていたのでしょう。主に2つあります。

一つは多くの報道で言われていたように、大企業は儲かったのに中小企業との取引条件を緩めなかったため、多くの中小企業は儲からず、その従業員の給料は上がりませんでした。随分と儲かったはずなのに、大企業の従業員の給料も大して上がりませんでした(これは大企業経営者のせいです)。

もう一つは、円安で得するのは輸出型大企業だけであり、輸入物価が上がって損をするのは原料コスト増で困る中小企業と消費者ということです。つまり今回の世界的インフレーションと円安局面で露呈したように、大幅な円安を引き起こしている日銀の『異次元の金融緩和』の政策的意味合いは、「一般家庭から輸出型大企業への富の移転」なのです。

そしてようやく、この表立っては語られない、理不尽な「富の移転」政策は、来春の黒田総裁の退任によって切り替わりのタイミングを見極める段階に入るのです。もちろん、誰が後任になるのか、そのとき米国・欧州の景気がどうなっているのか等々、色々な要素に話は左右されます。

でも黒田バズーカが当初の輝きと意義を失って、個人の面子にこだわって庶民と中小企業を苦しめ続けた構造が変わることを期待したいですね。