複雑に見える分析を有り難がる人は、個々の要素に対する「吟味の甘さ」に足をとられるリスクがあることに気づかない。
少し前、後輩コンサルタントの頼みで新規事業開発プロジェクトの途中成果をレビューした際のことである(小生はその業界のコンサルティングはしたことがないが、関連業界と先端技術に知見がある。もちろんNDAは交わしているのでご安心を)。「出てくる事業仮説がどうもぱっとしないんですよね」というのが彼の不満だった。
以前、小生のチームで仕事をしていたこともあり、彼は小生のスタイルを踏襲している。それはコンサルタントがすべて分析するのではなく、クライアント企業のメンバーに一部作業を分担してもらい、一緒に考えるというものだ。彼の不満は、クライアント企業のメンバーと自分の部下の協同作業に基づく1次アウトプットの凡庸さに向けられていた。
そこで途中成果物を少しさかのぼってレビューしてみることにした。気になったのは、仮説創出の前提となる事業環境と課題に関する分析の甘さだった。分析はどれも通り一遍の内容で、当該の会社に特有の要素や『洞察』といえるものがほとんど浮かび上がってきていないのだ。
その典型がSWOT分析で、業界内の競合相手を分析したのかと思えるほど一般的な(つまり上っ面な)内容に留まっており、「なるほど、これでは大した洞察は生まれにくいな」と感じさせるものだった。
そこで使われている分析フレームワークは「クロスSWOT分析」と呼ばれるものだった(上または左の図)。この分析フレームワークは通常の「SWOT分析」(下または右の図)と比べて、見かけが少し複雑になっている分だけ恰好よいためか、今やむしろこちらが主流といえるほどポピュラーだと聞く。
しかし「クロスSWOT分析」には明らかなデメリットが存在することを承知して使わないといけない。
それはまず、複雑な分だけ手間が掛かる割に、結局実際に使えるのは「機会」×「強み」の部分だけということが多いことだ。そして手間が掛かる上に戦略の方向性を考えること(クロスSWOT分析では中心部の四象限)に気をとられて、肝心の「機会」「脅威」「強み」「弱み」の各要素(クロスSWOT分析では周辺部のボックス)の洗い出しと重要性の吟味が甘くなりがちだということだ。
こうしたデメリットがあるため、小生自身は必ずしも「クロスSWOT分析」を使わない。ましてや戦略策定の素人であるクライアントのメンバーに分析を分担してもらう場合には、こうしたデメリットの「罠」にはまり易いため、「クロスSWOT分析」を使わせることは危険だといってよい。いったん通常の「SWOT分析」をしっかりと完了してから、「機会」×「強み」を中心に戦略仮説の検討を進めるべきだと考えている。
往々にして「分析好き」な経営コンサルタントや経営企画部門の人たちは、見掛けからして複雑な分析をより有り難がる傾向がある。これは「クロスSWOT分析」に限らない話だ。
しかしその複雑さは「要素の多さ」を意味するため、一つひとつの要素に対する吟味が甘くなりがちだという危険を忘れてはならない。見かけは恰好よくとも個々の要素がいい加減な分析では、総体として使い物にならないことは論を待たない。
上記のケースでは、プロジェクトチームはこの典型的な罠にはまってしまっていたのだ。大切なことは、一つひとつの要素をきちんと吟味して、しかも戦略策定作業全体として整合していることなのだ。
したがって小生は上記に挙げた注意点を伝え、「この会社が持つ特有の要素に注目して個々の環境分析をもう一度見直すこと。それにより、本当の『強み』を磨き上げることで差別化できるレバレッジポイントをもっとクリアに特定できるはず」と助言した。いくつかの「甘い部分」の具体的指摘と共に、周辺業界の動向もヒントとして付け足しておいた。
翌々週に改めて出てきた2次アウトプットは、随分クリアな分析、そしてユニークな仮説に進化していたことは言うまでもない。