新規事業における素朴な疑問 (6) 曖昧な事業像の描き方

ビジネスモデル

新規事業に取り組む大企業の行動パターンに関する素朴な疑問シリーズ、その6つめは事業構想案の可視化のやり方のブレ。部門によって異なるどころか、同じ部門でも人によってバラバラ。しかも考察不足のせいもあって、何を言いたいのか分からないことさえある。

小生が手伝う新規事業開発プロジェクトでは、クライアントのニーズによってプロジェクトの枠組みも進め方もかなり違っている。

最初からある程度事業像らしきものが決まっていることも少なくない。しかし典型的なパターンとしては、ゼロベースで考えて複数の事業案を生み出したい、といった話になることがよくある。この場合、数グループに分かれて各グループで最低1つの事業構想案まで創出して欲しい、といった進め方をすることが多い。

最初の段階では思いつき程度なので、あまり表記法にはこだわらない。一つのグループで2つ3つ、中には4つも5つもアイディアが出てくることもよくあるので、あまり描き方に凝って時間を使い過ぎたり、せっかく新しいアイディアが浮かんできたのに前のアイディアを描き切る間に忘れてしまったり、などということになっては本末転倒だからだ。

たいていは短い説明を付けた簡単な関係図だが、ほとんど文字だけの説明ということも割とある。むしろアイディアそのものが独創的なのか、面白そう(または儲かりそう)なのか、実現性があるのか、といったことがまず大事である。

さらに議論していく過程で、モノになりそうな感覚が持てるアイディアに絞った上で、担当を決めて(大概は思いついた当人である)、他のグループにも説明・共有することで、より多くの人数を掛けてアイディアを膨らまそうとする。

そこで担当となった人に、「この事業アイディアを他のグループの人にも分かるよう、図示してみてください」とお願いする。そこで仮に描き方を指定しなければ、数日後に出てくるものの多くが、何をするビジネスなのかすら分からない、実に曖昧な図と煩雑な文字説明に溢れているものになると覚悟したほうがいい。

それが分かっているので、実際には共通の表記法に統一するようにしている。その際、小生が「どんな表し方をすると皆さんが共通的に理解できますか?」とメンバー全体に尋ねると、かなりの割合の人が戸惑った顔をする。不思議なことに、新規事業開発の歴史も長く実績もある大企業であっても同様だ。仮に「事業構想」の企画書フォーマットが決まっていても、なぜか肝心の「事業イメージ」の可視化のやり方を決めていないため、人によって描き方がバラバラなのだ。

「やったことがない」、「どんな描き方をすればいいのかわからない」というのはごく普通の反応だ。「僕、絵心がないので、誰か他の人にお願いしていいですか?」という楽しくトンチンカンな反応をしてくる人も結構いる。

しかし中には、個人的に勉強していたり会社で研修していたりして、なかなか凄い反応を返してくれるケースもある。「ビジネスモデル・キャンバスはどうでしょう」とか、「戦略キャンバスは使ったことがあります」とかのコメントをくれる人たちだ。

MBAホルダーだったり、社外の勉強会などに参加して覚えてきたケースもあったりと、彼らの意欲は買いたいと思う。この2つの「キャンバス」の是非については後ほど論じたい。

いずれにせよ統一の表記法を決めて、それに沿って描いてきてもらう。それでも一部のグループの図は見掛けこそ一見それっぽいが、全く曖昧な内容のままであることが往々にしてある。そこには往々にして華麗で空虚なスローガンが踊っているものだ。

口頭と単純な文字説明では魅力的なビジネスに聞えたはずなのに、それは結局、中身が十分に練られていないままだからだ(後々のことを考えると頭が痛くなる瞬間だ)。まぁそれが本人たちにも自覚してもらえるという「効果」はあると割り切るしかないが…。

さて、建設的な話に立ち戻ろう。新しく思いついたビジネスモデルで最も知りたいのは、「旧来のものとどこがどう違うのか」「一体どうやって儲けるのか」の大事な2点だ。それらを伝えるのに適していると小生がお薦めしたいのは、「バリューチェーン」と「収益モデル」だ。

前者の「バリューチェーン」というのは少々紛らわしい。人によっては「ビジネスシステム」などと呼ぶし、かの経営学の大家、マイケル・ポーター教授が同じ用語を使って、全然違う「企業活動分析図」を表しているということもある。

しかし本来的には「バリューチェーン」というのは、業界の中の価値連鎖の中で当該企業がどんな役割を果たしているか(どんな価値機能を提供しているか)を表すものである。次のような図が典型的なものである(PCメーカーのデルの例)。

後者の「収益モデル」は、物やサービス(および情報)の流れとお金の流れをそれぞれ示すことで、このビジネスは誰が何に対しお金を払ってくれることで成り立つのかを表すものである。「収入モデル」とか「課金モデル」などと呼ぶ人もいるが、意味はほぼ同じだ。こちらも典型的には次のような図となる。

この2つはビジネスモデルとしては不可欠の要素を表すものなので、新規事業の企画者だったら覚えておいて損はないだろう。ビジュアル的なので誰もが直観的に理解でき、きわめてオーソドックスな方法論でありながら、世の中で必ずしも十分に普及していないのは不思議なくらいだ。

「ビジネスモデル・キャンバス」のような複雑で高等レベルの手法を勉強する前に、まずはこちらを習得して欲しい。できれば全社で共通的に使えるようにしておくことが望ましいと思う。

さて、先ほどの「ビジネスモデル・キャンバス」と「戦略キャンバス」の話を最後に論じよう。新規事業プロジェクトでこれらを可視化手法として挙げる人たちに、実際に図示させて説明させようとすると、残念ながら尻込みすることがほとんどだ。

実際のところ、こうした場面において、生まれたばかりのビジネスアイディアを共有するのに向いているわけでもない(誤解して欲しくないが、小生はこれらのツールに批判的というわけではない)。その訳を簡単に説明しよう。

まず、「ビジネスモデル・キャンバス」は本来的には事業構想全体の分析・検討ツールである。いわば企画書のエッセンスをコンパクトにまとめたようなものだ。したがって、思いついたアイディアに抜けがないよう、様々な観点から肉付けするのには最適である。ある程度検討が進んだ段階からは他の人への伝達ツールにもなる。

しかし、思いついたばかりの新しいビジネスモデルのアイディアを短時間で、ビジネスモデル・キャンバスに的確に表せる人はそういない。ある程度の時間を掛けるか、練習を重ねないと難しいだろう。小生のよく知っている企業では管理職研修で教えているそうだが、使いこなすまで行く人は少ないようだ。

そして、普通の人のビジネスモデル・キャンバスによる説明を聴いて、すぐに理解できる人はもっと少ない。何せ全然直観的でなく、文字だらけのブロックの組み合わせだから、読んでも各ブロック間のつながりがピンと来ないのだ。

よほどうまく説明されないと、内容を誤解しがちでもある。図そのものに意味を持たせる方法論ではないからだ。

なお正確には、ビジネスモデル・キャンバスはビジュアル的に色々と書き込んで進化させることもできる。そうなれば非常に有効なコミュニケーション・ツールになるが、短時間で描けるような絵心のある人は少ない(大体それならポンチ絵のほうが速いだろう)。

では戦略キャンバスはどうだろう。こちらを挙げた人は多分、全く分かっていないで思いつきで言ってみただけか、「ビジネスモデル・キャンバス」と混同しただけだと思われる。

戦略キャンバスは、新しいカテゴリーの商品・サービスの分析・検討ツールなのだ(もしくはコミュニケーション・ツールとして使うこともあろう)。新ビジネスモデル開発のためではない。この点を誤解している向きが不思議と多いようだが、明確に区別しておいたほうがよかろう。