10月6日(月)に放送、10日(金)に再放送された「プロフェッショナル 仕事の流儀」は訪問管理栄養士・中村育子さんをフィーチャーした「食べる楽しみが、希望を生み出す」でした。
在宅医療の現場で栄養指導を行い、1,000人にのぼる患者の食生活を劇的に改善させてきたのが訪問管理栄養士の第一人者、中村さんです。そもそも「訪問管理栄養士」という職業自体、この方が作り出したようなものです。
中村さんは患者を訪問すると、まず聞き取りから始めます。好みは何で普段どのような食生活を送っているかはもちろん、誰が料理を作るのか、食材を買う店はどこか、さらに趣味や育った環境に至るまで聞き出すのです。患者が食に対してどのような考え方を持っているのか、在宅患者だからこそ、様々な観点から捉える必要があると中村さんは考えるのです。
「在宅の患者の場合はよいお洋服を着て、どこかにお出かけできるわけでもないし、やっぱり食事っていうのがいちばん楽しみになってくるので、食事が嫌になったりとか苦痛になったら、いったい何のために食事療法してるのか分からないので、生きがいになんとかつなげていければ」と、中村さんは語っていました。
患者の食習慣を聞き取るのに欠かせない食品サンプルも紹介されていました。野菜や肉、お菓子など30種類にも及ぶものです。それぞれが栄養学の単位である80キロカロリーを基準に作られているのです。それを見せて、「これとこっちと、どっちを食べたい?」などと尋ねるのです。患者の目の前に示されるので、確実に伝わりますね。
患者と向き合うときに中村さんが心に留めるのが「自分は、招かれざる者」という考え方です。病状を改善させるためには、時に厳しい食事制限を患者に強いることがあります。最初から食事療法したいと思う人はいない。その嫌な食事制限をさせなければいけない立場です。自分がそんな存在であることをまず自覚し、それから患者に寄り添うにはどうすればよいかを考え尽くすのです。
元々は病院などの食事を手がける管理栄養士だった中村さん。患者の家を訪れるようになった出発点には、決して忘れることのできない悲しい出来事がありました。32歳のとき、70代の女性にお弁当を届けることになったのですが、訪れた時には女性は風呂場で息を引き取っていたのです。
自宅での食生活に目が行き届いていれば体の異変に気づけたのではないか。病状に合わせて献立を立てられていれば、亡くなることはなかったのではないか。猛烈な後悔から、それ以降中村さんは患者の家を訪問すると決めたのです。
しかしながら、前例のない「訪問での栄養指導」はなかなか受け入れてもらえず、転職すら考えるほど深い悩みに苛まれたそうです。そんなある日、出会ったのが脳梗塞の後遺症で飲み込む力が極端に落ちた男性でした。男性は胃から栄養を取る「胃ろう」に頼っていたが、もう1度口から食べたいとリハビリを懸命に行っていたのです。なんとか協力したいと、中村さんも安全に食べられる方法を模索し続けました。
1か月後、男性がペースト状にした大根を再び口から食べることができました。男性は涙を流し「おいしい」とつぶやいたそうです。中村さん自身も勇気を与えられたのでしょう。「食べるということは人に底知れない力を与える」。
番組の中で、ある老夫婦が紹介されていました。手が震える夫が、認知症気味で立てない妻を看護しているのですが、妻は一旦食べる力を失ってしまいました。でも夫の作る大根煮を食べたいと懇願するのです。飲み下す力を取り戻すため、おかゆをミキサーでペースト上にしたものから食べる練習を始めるのですが、妻はどろどろの食感が嫌で、ミキサーに掛けないままおかゆを食べるようになっていました。すると軽い気管支炎に掛かってしまったので、中村さんが辛抱強く説得してミキサーに掛けた状態で食べるように薦めました。
それでは長続きしないと考えた中村さんは夫の作る大根煮をミキサーに掛けて出します。その味が懐かしく、妻は「おいしい」と喜んでくれました。妻はおかゆも食べるようになり、やがて少しずつ飲み下すことができるように回復し、ついには大根煮をそのまま食べられるまでになりました。忍耐強いプロの勝利です。
小生は厚労省が狙っているような、在宅介護を主流にする考え方には批判的です。でも在宅介護・医療そのものを否定するつもりは全くありません。いやむしろ、在宅介護・医療を望む家族がいる限り、在宅介護・医療に関する公的サービスも充実させるべきです。その一環として、こうした訪問管理栄養士が活躍してくれることは非常に心強いことだと思います。最初は「招かれざる者」として訪問を始める彼女たちですが、「感謝される」存在であることは間違いありません。