出稼ぎ農民工が「自分の手で運命を変える」火鍋チェーン

グローバル

12月4日(水)に放送された「島耕作のアジア立志伝」は、出稼ぎ農民集団による火鍋チェーン、海底捞(カイテイロウ)を採り上げた。題して「“究極のサービス”が客を呼ぶ」。

いま、中国で大人気の火鍋レストランを率いる張勇会長(43)。客を楽しませる斬新なサービスは、農村出身の出稼ぎ従業員が考え出したものだ。張氏は、教育や医療など公共サービスから排除された出稼ぎ従業員を独自の福利厚生と人事政策でバックアップ。「自分の手で運命を変える」というエネルギーを引き出すことで“究極のサービス”を次々に生み出してきたのである。

火鍋とはいわゆる鍋料理のことで、味をつけたスープに野菜や肉などを入れて食べるスタイルだ。海底捞は約50の直営店を持ち、1万人の職員が働いているという。張氏が22歳のときに四川省で始めたこの店は、今や中国でも有数のチェーン店である。

この店は「サービスの面白い店」として有名であり、待ち時間にちょっとしたネイルアートをやってくれる。営業時間には伝統舞踊やら従業員のダンスやら、色んなエンターテインメントがあるらしい。

しかし、海底捞の本質はこうした変わった出しものでなく、従業員の「顧客満足度の追求」の姿勢にある。まるで日本の高級レストランのように、客の荷物にスープなどが飛び散らないようにカバーをさりげなく掛けたり、お年寄りがまごつかないように世話したりと、心配りするのだ。

味そのものでは他店と大きな差がつきにくい火鍋。この店の差別化点は、要は「従業員の感じがいい」ことだ。例えば横浜中華街で食事をして、どんなに味がよくても従業員の態度が悪いために、折角の食事が台なしになったという経験がある人は意外と多いだろう。中国人には、顧客に対するサービスという概念が薄い。むしろ「自らのプライドを売り渡す」行為だと思っている人が未だに多い。

そんな文化背景の国で、いかに従業員に「おもてなし」を体現させるのか。海底捞では、「従業員が気持ちよく働いていれば、気持ちいい店になる」という考えに沿って、具体的な工夫や施策を凝らしている。

その第一は、店員の生活をよくすること。飲食店の従業員の多くは「農民工」と呼ばれる、農村からの出稼ぎ者である。多くの場合、劣悪な環境の中で働いている農民工に対し、海底捞では彼らの住環境を整え、制服を流行りのデザインにし、「店員の気持ちをよくすること」に大変な注意を払っている。飲食業の労働はキツイが、従業員の気分も前向きになり、結果的に顧客への対応もよくすることができる。

一般的に中国の農村では家族の結びつきが強いので、従業員の家族への目配りも重要だ。たとえば、従業員の父母に直接、家族手当を払う。昇進時に幹部が家庭訪問をして従業員を褒める。そのような施策が従業員の忠誠心を上げ、仕事への熱意を保たせている。

2つ目は、店員にできる限り多くの権限を与えること。たとえば、値引きやお客へのサービスなどをいちいち上層部に相談しなくても店員の判断で決めることができる。経営者にとって、大変勇気のいる話である。不正の温床にもなりかねないし、店のコストが跳ね上がるかも知れない。しかし、こうした権限を与えられることで店員は自分が会社から信頼されていることを実感する。

海底捞では、「部下を信頼する」ということが大きなキーワードになっている。たとえば、社長の張勇はほとんど自分では決裁せず、多くの権限を各地区の管理者に任せている。任された側が一生懸命に仕事をする環境を作ることで、この会社は成長を続けているのだ。しかし、このように多くの権限を与えるとなると、その相手も慎重に選ばなければならない。人材がポイントなのだ。

海底捞では学歴、資格、それまでのキャリアは全く参考にしない。事実、経営幹部の多くが、元は店の掃除係やドアボーイなどの現場出身の叩き上げである。しかし、認められる働きをすれば必ず信頼され、権限が与えられる。「自分の手で運命を変える」ことができることを実感することで、店員は生き生きと責任感を持って働くことができるのである。

これは国籍を問わない真実であり、それを実践できているこの企業では、人の善性を信じる張氏の信念が浸透しているということだろう。正直言って、中国企業が“究極のサービス”を名乗るのは無理があると思っていた。しかし番組を見終わって、さすが広大な中国、こんな本物の経営者もいるのだと感心した。