仮説の「検証」。よく使われる言葉でありながら、体験している人と未体験の人とで、認識しているイメージが随分違うのではないか。また体験数の多寡によってもイメージの幅が大いに違うだろう。「こんなのもありますよ」という意味で、幾つか実例を示したい。
前の記事で検証をせずにいきなり実施することの無謀・軽率さを説いたところ、「検証って具体的にどんなことをすればいいのか」という質問を幾つかいただいた。やはり仮説の「検証」というのは多くの人にとってイメージしにくいようだ。一般的な意味合いとしては、自分が「前提」として「想定」している「仮説」が本当に確からしいのか、当てにしていいのか、他の人にも理解・納得できるように「考証」「論証」「物証」を挙げることである。
しかし現実問題として、どんな背景でどんな仮説を立てたのかによって、検証すべき事柄およびそのやり方は千差万別である。だから「検証とは」という一般的な説明だけでは、あまり役に立たないかも知れない。そこで小生が携わった、ちょっと極端な実例を示すことで、「へー、そんなのも『検証』なのか」といった具合に広めのイメージを持っていただくほうがよいのではないかと考え、2回に分けて幾つか挙げてみたい。
一つ目は日本のネットサービスの例。それまでに世の中にない、消費者と企業をつなぐB2B2Cサービスだった。そのために本当に消費者を満足させることができ、利用者と加盟企業が両方増えるシナリオ(仮説)が成り立つのか、どこにも確たる証拠はないため、経営者としては踏み切っていいものか判断できないという状況だった。ただしビジネスモデルとしては誰もが称賛するような、よくできたものだった。関係者が欲しかったのは、背中を押してくれる論拠だった。
そこで小生のチームが行ったのは、ビジネスが成功するというロジック(仮説)の構成要素ごとの仮説検証と、その組み合わせによる結論づけだった。詳細は省くが、「このサービスは消費者から本当に求められているのか?」「その提供方法はこれで大丈夫か?」といった幾つかの問いに対しては、想定ユーザーに近い消費者を集めたグルインを重ねて個々にヒアリングした。「XXX万以上の消費者に対し自社商品をこれこれの方法でアピールできるなら、宣伝予算の一部を振り分けるか」などを取引候補企業に対しヒアリングで検証した。
その一方で、「(その提供方法において想定される)ボトルネック解消はこれで可能か?」「(消費者の望む)サービスレベルは24h365日、維持できるか?」など、多岐にわたるチェック項目をクリアできることを、準備スタッフらと詰めた。短期間だったのでちょっと力技の要る作業ではあったが、新規事業に関わる「仮説検証」としてはオーソドックスなものだった。
二つ目はある外資系自動車部品メーカー(仮にYと呼ぶ)によるM&Aの例。1)グローバルに分散する主な自動車製造拠点をカバーすること、2)日本の自動車メーカーへの食い込みを強化すること、そして3)互いの製品・技術がうまく補完関係を形成できることを期待し、ある金融機関が仲介した日本の同業者(仮にZと呼ぶ)を買収する案件の打診に応じ、デューデリジェンス(DD=精査)の作業に入った。
最初の2つが成立することは明らかであったが、最後の仮説は互いの技術を持ち寄ることではじめて可能になるものだった。その具体策は、Yで開発された技術と製品をZの製品と組み合わせたら可能になるはずの、新発想の複合パーツ群だった。それが日本の自動車メーカーに評価されて売れるようになるのか、が問題だった。
まだDDの段階なので、資本提携が成立するかは誰にも確証がない。そのためZの社員が自動車メーカーに対し「こういう製品を出したいと考えています」と説明するわけにもいかず、小生とDDチームの一員(Yの技術者)が協力して資料作成し、自動車メーカーの技術者チームに対し市場調査と称して出向いた。そして新製品のコンセプトと併せて、既にその技術を適用してできた類似製品の機能と性能向上について説明し、その市場性に関するヒアリングをした。これも仮説検証の一つの形である。
三つ目はあるメーカー系販売会社での営業改革における例。販売店に対する指導・支援のやり方はルート営業マンの個人裁量任せでずっとやってきた会社だったが、その限界も明らかだった。そこでコンサルに入った我々が課題を分析した上で提案したのは、それまでの個人商店的な営業手法からチーム営業への思い切った転換だった。創業者の一族である社長は「理屈的には全く賛成なのだが、何せ創業者のやり方を変えることにもなるし、ベテラン達もおいそれとは納得しない」と及び腰だった。
そこでこのシナリオ仮説の実効性を検証するために行ったのが、新しく創設されたチームによる「限定地域での試行」だった。ポテンシャルがあるはずなのに、あまり優秀なルート営業マンがアサインされておらず成績もぱっとしない2地域を選び、そこの販売店に対する指導・支援を、若手中心で急造の新営業チームで行うことにしたのである。
途中ちょっとしたいざこざや失敗もあったし、最初の3ケ月ほどは小生を中心にコンサルタントがかなり張り付いて支援したが、この若き急造チームは、販売店に対し熱意をもって支援・フォローすることで、半年程度で着実に成果を上げるまでになった。元々格別な知識やノウハウがない彼らでも、チームで動くことで習得・改善が格段に早くなること、そしてそれまで伸び悩んでいた販売店にとってもチームだと(「個人的な相性」や「惰性」といった障害要素が小さくなって)効果的な指導を受けられることが「検証」されたのである。
四つ目は、ある精密メーカーのリエンジニアリングの例である。経緯は色々あるのだが、要はそれまでのオーソドックスな「工場→販売会社倉庫→販売代理店→顧客」の順に供給するサプライチェーンを止め、半製品を主要地に新設するロジセンター(LC)に在庫し、注文に応じてそこで完成品に組み立ててから顧客に直送する方式に変革することで、流通在庫を激減させることができるという仮説だった。
検証として、受注してからLCで在庫している半製品を完成品に組み立て、そこから顧客に配送するというシミュレーションを幾つものパターンで繰り返し、顧客がどの地域にいても約束した期間内に配達できることを確認した(実際には代理店にも若干の完成品在庫を持つので、そこまで切羽詰まった状況になることは滅多にないはずではあったが)。併せて、在庫に関するシミュレーションも繰り返し、一時的にだけでなく中期的にも流通在庫量を大幅に抑制できることを立証できた。しかし何せ従来と全く異なる供給方法になるため、取引先である販売代理店が本当に容認してくれるのか、このメーカーの経営陣は不安を隠せなかった。
そこで「うるさ型」と目される販売代理店を手分けして行脚し、改革のコンセプトや期待効果などを説明し、何か懸念点が残るのかをヒアリングした。結果からいうと「案ずるより産むが易し」で、どの代理店も死在庫を大量に抱えて困った過去の悩ましい経験から解放されることに歓迎の意を表してくれ、検証作業は無事終了した。
いかがだろう。それぞれ全くタイプの違うイシューと仮説、その検証の例を挙げてみたが、「検証」のイメージを描いていただくのに少しはお役に立っただろうか。「言われてみると、あれも『検証』だったのか」と思えるような、似たようなことを仕事で経験した方も意外と多いのではないだろうか。ただし何となく確かめるのではなく、「どういう仮説の、どういう点を検証しようとしているのか」を意識して計画・実行することが大切である。さもないと、ピントがズレた検証になりかねないからだ。