(以下、コラム記事を転載しています) ****************************************************************************
都市部の住宅価格は買う人の年収から逆算して妥当とされるレベルをとっくに超えており、持続可能な価格レベルではない。「高値掴み」の悲劇を味わいたくなければ、冷静になって見送るのが賢明だろう。
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日銀がマイナス金利政策を転換したことで住宅ローンの金利も上がろうとしている。この動きの中で、「この先もっと住宅ローン金利が上がる前に、おうちを買うなら今ですよ」などと、住宅会社や不動産屋に強く薦められている人たちも少なくないだろう。
しかし冷静になって考えたほうがいい。都心ど真ん中の物件は希少価値があるので別格として、住宅価格は今がピークである蓋然性は高い。今慌てて買うと、10年先から振り返ると「高値掴み」になる可能性はかなり高い。金利だけで判断するのは早計だ。
まず統計的もしくは経験則的観点から見てみよう。物件価格が購入者の年収の何倍かを示す数値のことを「年収倍率」と呼び、「住宅の購入価格÷年収」で求めることができる。
この「年収倍率」はずっと全国平均で5~6倍程度と言われ続けていた。土地価格の高い東京圏でみても7~9倍が概ね平均だ。しかしバブル絶頂期である1989年には東京の新築マンションの年収倍率はピークの14.1倍をつけている(不動産調査会社・東京カンテイ調べ。以降同じ。なお1990年には瞬間風速的に18.12倍という数値も記録に残っているようだ)。
その後徐々に同倍率は低下し、2000年に7.13倍というボトムを記録。その後反転した東京の同倍率はじわじわと上昇した後、近年になって急速に上げ足を速め、今や約15倍になっている。築10年ほどの中古マンションでさえ14倍を超えるという(平均的には新築より広めなので不思議ではない)。
つまり住宅価格の年収倍率は既にバブル期とほぼ同じ、またはそれ以上の「割高」ということだ。この傾向は東京だけでなく他の大都市圏でも同様だ。一体どうやってこんな無理を続けられてきたのか。
よく指摘されていることだが、バブル期にはまだ少なかった「パワーカップル」という、共に稼ぎの多い夫婦が増えてきたことが背景にあるだろう(当時は「ダブルインカム」という呼び名はあったが、必ずしも両方が高収入というニュアンスではなかった)。それだけ経済的自立の条件を満たせる女性が増えたことは実に喜ばしいことだ。
しかし「パワーカップル」状態がずっと続く前提で、目の球が飛び出るような高額な住宅ローンを多少無理してでも組む、というのはかなりリスキーな賭けだ。
子どもが生まれてくれば、少なくとも両方がフルタイムで稼ぎまくるのは難しかろう。子育てピーク後に休職から復帰しても、必ずしも元の職場で同じ職種で、フルタイムでバリバリ働けるとも限らない(約束してくれた上司がずっといるとは限らない)のが現実だ。
子どもを持たずとも、配偶者のどちらかが重い病気や怪我を患うこともあろうし、少なくとも片方が転職・失業するなどして世帯年収が一挙に下がるリスクもある。これは「パワーカップル」に限った話ではなく、どの世帯にも共通するリスクだ。人生何が起きるか分からないのだから、ずっといい状態が続くことを前提とした資金計画は「甘い」としか言いようがない。
次にもっとマクロ経済的な視点で、住宅の需要と供給を考えてみよう(弊社は経営コンサルティング会社であって不動産調査会社ではないが、たまたま住宅関係のプロジェクトにしばらく関与していたので、住宅の需給には強い関心を持ち続けていたという背景がある)。
まず、需要サイドはどうしても弱含みだ。なぜなら日本の人口、特に主たる住宅購入世代である比較的若い層が今後急速に減っていくからだ。これは地方だけでなく、大都市圏での人口動態でもそうした傾向が明らかになってきている。
考慮すべき要素として、近年は人口が横ばいになってきたのに、既存世帯から分離して独り身となる世帯が増えていたため、結果として都市部の住宅需要は底堅く推移してきた(正確には賃貸アパート建設などが土地余りを防いできた)ことを忘れてはならない。
しかし今後は高齢居住者がどんどん減り(死去だけでなく老人ホーム等への転居も含め)、30代以下の人口は急速にやせ細ってきている。つまり新たに住宅を必要とする人口が年々目に見えて減っている。そしてその一方では、既存世帯から分離して独り身世帯が増えることでこれ以上世帯数が増える余地はあまりないと見られる。
一方で供給余力はこれから増す。まず空き家数と賃貸空室率は着実に上昇し続ける。しかし既に巨大な産業となっている住宅建設業界(住宅メーカー、マンション会社、建売住宅会社、工務店など)は、空き家や空室が多いからと休んでいては仕事にならないので、何とか土地を見つけて建設・販売しようともがき続ける。
コロナ禍の最中と直後は「ウッドショック」(輸入木材の高騰)や住設機器のサプライチェーン停滞に加え、円安や燃料高もあって資材供給が逼迫した。しかも建設労働者の高齢化による人手不足が深刻化したため、住宅建設コストが日本では特に急騰した。そのため供給圧力は抑制されていたほうなのだ。
このうち建設労働者の人手不足と円安による一部の輸入資材高だけは変わらないが、他の条件は随分と緩和または解消している(ただし耐震や気密・断熱など求められる性能がどんどん上がっているので、コストも共に上昇している)。つまり、資材は潤沢に供給できるようになったが、建ててくれる人が足らない状態だ。
だから住宅メーカーなどはこぞって現場DXの導入などで業務効率を上げる一方で、「パネル工法」(工場でパネル化された壁などを組み合わせて建築する工法)のレベルを上げよう、範囲を拡げようと必死になっている。今まで変化に後ろ向きだった地場の工務店でさえ、こうした新工法の導入や現場の効率化に向き合わざるを得なくなっている。
そのおかげで、世界の趨勢から遅れていた日本の住宅建築の現場も、少ない「のべ建築労働者数」で住宅を建設できるように少しずつ変わってきている。
一方で国は、建設現場などで働く外国人労働者を確保するため、大きな問題がありながら長年放置していた外国人技能実習制度を廃止して、「育成就労制度」にシフトしようとしている。つまり官民こぞって住宅供給のボトルネック解消に動いているのだ。
要は、住宅の需要は確実に下がり続け、供給体制は整う方向に向かっているということだ。
次に考えるべきは皆さんの関心の高い金利動向だ。こればかりは誰にも見通せない。だから日本経済がデフレからインフレ基調に転換したことや、国の財政状態が真っ赤っかだということから、住宅購入希望者や中小企業経営者が金利上昇不安に怯える気持ちもよく分かる。
しかし、日本経済の根本的な構造が、おカネに対する需要をそれほど生まなくなっているのは厳然たる事実だ。要は多少高い金利を払ってでもカネを借りて投資するアグレッシブな企業家が輩出し、その意欲に見合うだけの事業機会が彼らの目の前に継続的に湧き出てこないと、金利という「おカネの値段」は上がらないのだ。
せっせと内部保留を続けてきたせいもあり、日本の大企業の多くが多額の借り入れをしてまで投資したいという「喉から手が出る」ような事業機会が国内には少なくなってしまっている(ように大企業経営者の眼には映っている*)というのが、残念ながら現実なのだ。
* 小生にはまったく別の私見があるが、ここでは論点から外れるので論考しない。
「金利は経済の体温」と呼ばれる。残念ながら、体温が今後どんどん上がるほど日本経済は若くはないのだ。
だから見通せる範囲の将来、金利が大幅に上昇することは考えにくい(もちろん、政府・日銀がとんでもなく馬鹿げた財政・金融政策を連発すれば、話は変わってくる)。多くのエコノミストが指摘するように、短期金利だと当面1%以内、中期的に精々上がっても1%台で長い間推移することになるのではないか。
つまり近い将来の金利上昇に怯えて、「今のうちに」と焦って無理な住宅購入に踏み切る必要性はほとんどない、ということが明らかなのだ。
また、価格が上がってきた状況を見て、「手が届かなくなる前に無理してでも買っておこう」と考えるのは賢明とは言えない(小生の友人2人がバブル崩壊前にこうした会話をしていたことを昨日のことのように思い出す。彼らは金融業界人にもかかわらず、「上がり過ぎたものはいずれ下がる」という相場の真実ではなく、当時皆が信じ込んでいた土地神話のほうに魅入られてしまったようだ)。 以上を総括すると、供給ボトルネックは多少あってもそれ以上に住宅需要は落ち込むため、住宅価格の「先高期待」というものは(バブル崩壊時と同様に)早晩剥げ落ちると考えられる。焦って「高値掴み」したくなければ、身の丈を超えた不合理な価格の物件には手を出さないことだ。