世界有数のピレウス港を手に入れようとしている中国の深謀

グローバル

5月10日に放送されたNHK「ドキュメンタリーWAVE」は「追いつめられるピレウス港の労働者たち~中国企業の進出は何をもたらすのか~」でした。欧州危機を利用してその爪跡を伸ばす中国の動きに今さらながら要警戒です。番組はピレウス港の民営化をめぐる港湾当局と労組の対立を追い、財政悪化の後遺症に揺れるギリシャの今を見つめていました。

番組の冒頭は5月1日、今年のメーデーです。ギリシャの港町にいつもと違った労働者たちの声が響いていました。国有企業の民営化に反対する声です。世界第5位の規模をもつギリシャ最大の港・ピレウス。“ギリシャ人の宝”と言われるこの港が今、中国マネーに買われようとしているのです。その買収に名乗りを上げているのは中国の公有企業・コスコ(中国遠洋運輸集団)。コスコは5年前からギリシャに進出し始めました。

経済危機が続くギリシャは、EUからの支援を受け続けるかどうかで大きく揺れています。緊縮財政で国民の生活は厳しさを増しています。選挙で選ばれたばかりのチプラス政権は国民の生活を優先して緊縮財政を見直すと約束しました。ドイツを中心としたEU諸国は支援継続の為には具体的な財政改革のプランが必要だと強く主張。両者の対立は抜き差しならない状況です。

決断を迫られているひとつが国有のピレウス港の民営化で、ギリシャ危機の行方を占うとも言われています。財政破綻に苦しむギリシャがEUからの支援の条件として、この港の民営化を突きつけられているのです。

財政破綻寸前のギリシャでは、道路・港湾・鉄道・空港など、国有のインフラ事業の売却計画が進んでいます。中国最大手の海運会社・コスコは43億ユーロを出資し、既に3つのうち2つの埠頭のリース契約を結びました。更に今、ギリシャ政府が持つ港湾局の株式獲得に乗り出し、3つの埠頭全てを完全に手中に入れようとしているのです。

この動きに対してギリシャ国内では激しい議論が起きています。当初、民営化に反対していた左派政権も、EUが財政支援の条件としてインフラの民営化を求めた為、受け入れざるを得ない情勢です。

この動きに、港で働く労働者たちは激しい反対の声をあげています。港の組合の責任者はコスコ傘下の地元企業で働いていた労働者にコンタクトし、その労務実態を探っていましたが、賃金は出来高制のようで、仕事がない日時には支払われないため、総額は非常に抑制されていることが浮かび上がってきました。中国企業の傘下でギリシャ人が働く。確かにこれは不幸な組み合わせです。

コスコ総裁・魏家福は当然ながら、中国企業としての純粋な投資であり、これによってギリシャの経済が潤うことを声高に主張していました。しかし彼らは純粋な民間企業ではなく、中国政府の長期戦略「海洋進出・覇権」の下で動いています。

米国やその同盟国(日本を含みます)との紛争になった場合、最悪はホルムズ海峡を封鎖されますが、中央アジアからカスピ海~ギリシャに抜けるルートを確保することは地政学的戦略上、致命的に重要です。したがって相当な好条件をギリシャ政府に提示して、この港を押さえることを目指しているはずです。

EUは中国との経済的結びつきを重視はしていますが、その覇権主義的な意図を警戒し、ギリシャ政府に慎重に行動するように言っているはずです。そのバックには当然、中国の戦略意図を警戒していらだっている米国がいるはずです。

こうした状況を考慮して、ギリシャ政府はEUからの譲歩を引き出すための切り札の一つとして、EU/USAが嫌がる中国への港売却か、ギリシャ政府の要求を呑むことで譲歩するか、といった踏み絵を迫っているのだと思います。

このニュースおよびドキュメンタリー自体は経済危機に揺らぐギリシャの誇り高き男たちの職場が失われかねないとの危機的状況を描いていますが、その背景には国際政治の冷徹な状況が投影されているのです。