16日、米国ワイオミング州での共和党予備選挙で現職のリズ・チェイニー議員が大差で落選し、11月の中間選挙に出馬できなくなることが日本時間の17日に判明しました。
どうして私が米国の、しかもワイオミングという片田舎（失礼！）の地方選挙（しかも予備選）の結果を気にしていたか、その訳をこれからお話しします。
リズ・チェイニー女史はディック・チェイニー元副大統領の娘で、下院議員を3期務めたこともあり、共和党の中では最近までナンバー３のポジションまで上り詰めていました（最近それを失いましたが）。父親譲りの歯切れのよい弁舌で論客として鳴らした彼女は、トランプ氏支持者らによる昨年1月の連邦議会襲撃事件を調査する下院特別委員会に参加してきた共和党議員2人のうちの1人です。いわば今の共和党の中では異分子、完全な反主流派なのです。
同事件の後、共和党議員10人が議会で、トランプ氏の弾劾に賛成しました。その後10人のうち4人が引退し、別の4人は現職ながら予備選でトランプ氏が選んだ候補（いわゆる「トランプの刺客」）に敗れました（ワイオミング、ワシントン、ミシガン、サウスカロライナの各州）。予備選を勝ち抜いて共和党候補となったのは2人しかいません。
その中でもリズ・チェイニー氏は反トランプの急先鋒として、2021年7月に設置された連邦下院1月6日事件委員会の副委員長(共和党側ではトップ)を務めており、時に激しくトランプを非難してきました。いわく「（連邦議会襲撃事件のあった）去年の1月6日、ドナルド・トランプは人々の愛国心を武器に変え、議会と憲法に楯突いたのです」といった具合に。
こうした勇気ある行動は「反トランプの女神」と、民主党支持者や心ある共和党支持者からは大いに尊敬・賛同されましたが、地元の共和党支持者からは「裏切り者」呼ばわりされて、結局は予備選挙敗北の憂き目を見た訳です。
チェイニー氏は16日夜、敗北を認める演説でも、トランプ氏に対して批判の手を緩めないと表明しました。「（昨年）1月6日（の連邦議会襲撃事件）以来、ドナルド・トランプが二度と大統領執務室に近づかないようにするために必要なことは何でもすると言ってきたが、それは本心だ」と。
チェイニー氏はまた、2020年大統領選で勝利したというトランプ氏の「虚偽の主張を支持すれば、再選は簡単だっただろう」と主張、「私はその道を進むこともできたが、そうしようとは思わなかった」としました。
チェイニー氏が選挙戦で掲げてきたのは、合衆国憲法を守る責務と、2020年の大統領選が不正選挙によって「奪われた」とするトランプ氏の虚偽主張への反対です。同氏とその支持者らがいかに民主主義を脅かしているかを指摘してきたのです。チェイニー氏は「共和党支持者、民主党支持者、無党派層、皆が一丸となり、われわれの共和国を破壊しようとする者たちに立ち向かうことを決意しよう」と述べました。
客観的に観ればトランプの主張は荒唐無稽であり、チェイニー氏の主張のほうが歴史の真実として残るでしょう。でも共和党の幹部は（連邦議会襲撃事件直後はトランプ離反の兆候を見せたものの）、トランプ支持者の多さと威勢のよさ、そして刺客を送られて選挙に敗れる元同僚たちの姿を見て完全に腰砕けとなってしまい、チェイニー氏を党ナンバー３の座から引きずり下ろした上で、トランプの我が物顔のやりっ振りにも知らん顔を決め込みました。残念なことに共和党の政治家の多くが腐っていますね。しかし政治家なんて洋の東西を問わず、こんなものです。
もっと愚かなのは共和党の今の支持者の大半を占めるトランプ支持者たちです。途上国ならともかく、そして現職の大統領だったトランプ側が企むならともかく、挑戦者であるバイデン側が米国の選挙で「選挙を盗む」などということが物理的にできる訳がありませんでした。そして実際、具体的な手口について仮説すらトランプ側は提示できず、単に「盗まれた」と主張しただけです。完全な負け犬の遠吠えだったのです。
それにも関わらず共和党支持者の大半は、２０２０年の大統領選が「不正選挙によって盗まれた」というトランプの荒唐無稽な主張を支持し、多くの州で民主主義のために勇気を振り絞った数少ない現職の共和党議員を落選させてきた訳です。完全に脳が腐っています。
私は昔テキサスに住んでいた関係で、米国中南部の人たちの心情を少しは分かります。彼らは保守的かつ温厚で、宗教心と人情に厚く、頑固です。そのため銃規制や中絶には反対、大きな政府にも反対という伝統的な共和党の政策に強く共鳴します（都市部のインテリは民主党支持ですが、所詮は少数派です）。
しかしトランプ支持か反対かというのは全く別の価値観です。トランプ支持の心情が象徴するのは、実は「反エスタブリッシュメント」「反大企業」「反大都会」であり、「反グローバリズム」「反金融主義」なのです。
要は本来論点になっているはずの「トランプがけしかけた『連邦議会襲撃事件』こそが選挙結果を盗もうとした行為であり、それを許したら米国の民主主義は死んでしまう」というチェイニー氏らの主張は、共和党員の頭からはとうに吹っ飛んでしまっており、「地方に住む私らの気持ちに寄り添うのか、それとも大企業の味方なのか」という二者択一なのです。彼らの頭の中では、民主主義の選択という本来の合理的投票ではなく、むしろ「ワシらか都会モンか、どっちの味方なんだ」という感情的選択なのです。残念ながら、民主主義国家の選挙民としては完全に堕落しています。
この予備選挙の結果、トランプの「威光」はますます共和党内で強くなり、2024年の大統領選挙に彼が再出馬する可能性はどんどん高まっています（FBIの捜査の進展次第で公職選挙に出られなくなる可能性も結構残されていますが）。私はトランプが2024年の大統領選挙で当選する確率はまだまだ低いと思ってはいますが、少なくとも彼が予備選に出馬することで来年（2023年）を通じて共和党内での政策議論は深まることなく、2024年での大統領本選挙でも大いに影響があると懸念しています。
それは中国・ロシアの同盟が世界をかき回し続ける状況に対し、戦略的に有効な対抗策を打ち出すほどには米国内がまとまらない（代わりに国内イシューにだけ目を向ける）ということを意味します。つまり一種の機能不全に陥るのです（前回、前々回の大統領選挙がまさにそうでした）。
それはすなわちEUと日本が、巨大な潜在敵に脅かされながら有効な対策を講じることができないまま、（正気を取り戻した米国が戻ってくるまで）かなり不安な気持ちのままに独自の試行錯誤を続けざるを得ないということです。そしてそういう曖昧な状況を利用して、例えば中国政府が台湾に悪さを仕掛けるかも知れませんし、自国に進出済の日本企業に対し、好き放題の無理難題を押し付けることが頻発するかも知れません。
困りますね。