あまりこのブログのテーマとはマッチするわけじゃないが、前から気になっていたのが、朝日新聞の連載「いじめられている君へ」「いじめている君へ」「いじめを見ている君へ」である。本日で最後、合計34人がいじめについて語ってきた。
大津市の中学生の自殺をきっかけに再びいじめが社会問題として世の関心を呼び、この連載も企画されたことは間違いない。個人的にはいじめたこともいじめられたこともなく、娘もどうやら同様で、それは非常に幸いなことである。しかし人の親として、いじめが記事になったりドラマなどで再現されていると、「もし自分の子がいじめられたりいじめたりしたら」と考えて胸が苦しくなるような思いをしたことが何度もある。
34人の著名人が語りかける内容は色々であるが、いじめられた体験に基づくものが多いのでとても説得力があった。そしていじめられている子に対する同情心に溢れている。しかし残念ながらいじめをしている子は、こうした記事を読まないだろうと思っていた。その親も自分の子がいじめをしているなんて気づいていないから、たとえこうした記事を読んでも他人事だろう、子供に語りかけるなんてしないだろうと思っていた。実際、それが世の中の実態である。
でも連載最後に登場したタレントの春名風花ちゃんの語りかける「君、想像したことある?」での言葉は衝撃的である。自分も今、ネットなどで心無い書き込みをされてとても傷ついていることを率直に述べ、「死にたくなる日もある」という。でも彼女は続ける、「ぼくは知っている。ぼくがいくら泣こうが本当に自殺しようが、その人たちが何も感じないことを」「いじめている子は、自分がいじめっ子だなんて思っていないから」「ただ遊んでいるだけなんだよね。自分より弱いおもちゃで。相手を人間だと思ってたら、いじめなんてできないよね」と。
こんな幼い子が、人間の本質を理解し、「いじめは、いじめる子に想像力を持ってもらうことでしか止まらない」と喝破している。醒めた目でいじめっ子の精神を想像しているのだ。そして胸を張って「いじめゲームをしている君へ」と語りかける。
「想像してください。君があざ笑った子がはじめて立った日、はじめて歩いた日、うれしくて泣いたり笑ったりした人の姿を。君がキモいウザいと思った人を世界の誰よりも、じぶんの命にかえても、愛している人たちのことを。そして、その人たちと同じ用に笑ったり泣いたりして君を育ててきた、君のお父さんやお母さんが、今の君を見てどう思うのか」
この子の文章を読んで、大人の文以上に感動し涙ぐんでしまったのは、その文章が春名風花ちゃんの嘘偽りない率直な気持ちが出ていること、そして何よりこの子は両親から愛されているのだなぁ、と感じたからだ。こうして親の絶対的な愛情に育まれ、日頃語りかけられて自分の存在に絶対的な自信を持てている子は、どんなに苦しくとも決していじめをしたりしないだろう。
子供でも大人でも想像力の乏しい人間は多い。彼らが「いじめはよくない」と実感するのは、残念ながら自らがいじめられたとき以外なかろう。しかし親の絶対的な愛情に包まれることで自己不安がなくなり、そもそも人を貶めることで自分を安心させる必要がなくなるのである。だから最も有効ないじめ対策は、親の絶対的な愛情なのだと思う。