(以下、コラム記事を転載しています) ****************************************************************************
政府が発表した「年収の壁」問題の対策は制度改正までの暫定版に過ぎないが、それでも放置しておくよりはずっとマシだ。とはいえ本丸は「第3号被保険者制度」の廃止にある。
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さる9月の終盤、政府はいわゆる「年収の壁」問題の解消に向けた施策を発表した。主な対象は2つの「壁」である。
「106万円の壁」(従業員101人以上の企業に勤めるパート従業者に社会保険の納付義務が発生する問題)については、(賃上げや手当の支給など)手取り額の減少を防ぐ措置を講じた企業に対して、1人あたり最大50万円を助成するとしている。
保険料負担を軽くするために企業が出す「社会保険適用促進手当」は、保険料算定の際に標準報酬などから除外し、労使ともに負担を軽減できるようにする。
また、「130万円の壁」(従業員100人未満の企業等で働くパート従業者が配偶者の扶養から外れる問題)については、これを越えても健康保険組合等の判断で連続2年間は扶養に留まることが出来るようになる。
特に慢性的な人手不足にある流通業やサービス業にとって、年収が106万円に達すると125万円を越えない限り「たくさん働くと損する」制度の改善は、長年にわたって指摘されてきた課題であった。
この10月から実施される最低賃金の引き上げが更なる労働時間調整につながりかねない、との懸念も強く指摘されていた。企業側から見ても、「働く動機づけのために時給を上げると、かえって『働き止め』を招く」ことになるという皮肉な構造があるのだ。
「106万円の壁」を意識して労働時間を抑制している可能性があるパート従業者は約45万人と厚生労働省は推計している(第7回社会保障審議会年金部会資料)。決して小さくないが、2024年10月からは法改正により「特定適用事業所」の基準が51人以上の事業所に引き下げられるため、このままでは「106万円の壁」のせいで労働時間を抑制するパート従業者は約60万人にまで拡大すると懸念されていたのだ。
今回の措置はもっと働きたいパート従業者にとって朗報であり、現場の人手不足の緩和にも一定の効果があるだろう。それは景気の下支えにも貢献するはずだし、限定的ではあるが年金財政の改善にも役立つ。
もちろん、諸手を挙げて賞賛できるものではない。「106万円の壁」に対する助成金は2026年までの暫定的措置となっており、「社会保険適用促進手当」の標準報酬などからの除外も最大2年間の措置とされる。「130万円の壁」の対策も「連続2年間は扶養にとどまることが出来る」という時限的なものであって、いずれも緊急措置に過ぎない。
また、パート従業員を雇用している企業からすれば、将来の負担増は決して軽視できるものではない。とはいえ先に触れた「時給を上げると、かえって『働き止め』を招く」という皮肉な構造は暫定的に改善される。
しかし、この問題の本質は「第3号被保険者制度」そのものの持つ不公平さにある。
この制度は、戦後の日本経済を支えてきた中流世帯の専業主婦が無年金化することを防ぐための施策として1986年に導入されたものである。
しかし被扶養者であることの “お得感”が強過ぎて、結果的に日本での女性の社会参加を大幅に遅らせる大きな要因になってしまったのだ。「男が外で働き、女は家を守る」という、他の先進諸国からみると前近代的な価値観をこの国の昭和世代に深く植え付けてきたことは間違いなく、それが日本企業や行政の同質化と発想の貧困さにも深刻な影響をもたらしてきた、と多くの識者から指摘されている。
そもそも自営業者の配偶者には適用されないのでアンフェアだという指摘は昔からあった。当然ながら独身者やフルタイムの共働き世帯にも恩恵はまったくない。それどころか保険料を納めていない主婦の年金原資をなぜ自分たちが負担せねばならないのか、といった不公平感の種にもなっている。まったくその通りだ。
しかも大企業や中堅企業の多くでは未だに、社会保険上の「扶養家族」扱いに連動して、会社として「扶養家族手当」を支給している。これもまた独身者やフルタイムの共働き世帯にとって癪の種になっている。自分の勤める会社が社会的不公平を増長させている格好になっているのだ。
そもそも現代社会(特に都市部)では、専業主婦でいられることは経済的余裕があることの証左とも解釈できる(もちろん、高齢や障碍等もしくは過疎地のため働きたくとも働き口がない場合は、話が別だ)。
働き手が減って年金財政がますます厳しくなる中、そして生活が苦しくてパートやアルバイトを掛け持ちしても子供たちの教育費を十分に賄えないシングルマザー/ファーザーの人達が大勢いる中、そんな経済的に恵まれた人達にさらに特別な恩恵を与えるような制度は、維持することの正当性を欠いている。
遠からずこの制度はなくなるのだろう。今回、政府が「106万円の壁」と「130万円の壁」の対策のいずれも暫定的なものにしたのも、2年以内に制度見直しをするというメッセージだと(好意的に見れば)解釈できる。実際、厚労省の資料からはそれなりの制度改正検討の議論が交わされていることも伺える。
そして政府の制度が変わることに伴い、企業の扶養手当などの制度もまた追随して変わっていくと予想できる。
そうすれば独身者やフルタイムの共働き世帯が感じる不公平感は一挙に減っていくのではないか。それは単純に総労働時間を増やすことにつながらなくとも、世の中の仕組みに対する若い世代の信頼度の向上にはつながると期待したい。
もちろん、我々のような前期高齢期以降の家庭からは「今さら奥さんが働きに出ようったって勤め口がないよ。あーあ、また増税かよ」という不平や愚痴が聞こえてくるのは十分に予想できる。
とはいえ、今まで恩恵を被っていたことも認めるべきだし、若い世代が今後高い税負担に苦しめられることも考えると、我々もフェアな社会保障負担を引き受けるべきと考えようではないか。
あとは、旧来の男女差別意識に囚われた政治家たちの勘違いした意見により、この制度が歪んだ形や別の形で残ったりしないよう望む。そしてできれば、生活のために目一杯働いている人たちの時給アップの流れが継続するための後押しになって欲しいものだ。