藤井七冠の強みは先読み力にあり

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将棋界で最も歴史のある名人戦で先日、挑戦者の藤井聡太六冠が渡辺明名人を破って、とうとうこのタイトルも獲得しました。これで7冠です。まだ20歳10カ月です。

この年齢での名人就位は、谷川浩司17世名人の21歳2カ月の最年少記録を40年ぶりに更新したことになります。七冠制覇も、羽生善治九段が成し遂げた25歳4カ月を大幅に上回りました。まさに快挙ずくめです。

タイトル戦の通算成績は53勝13敗。名だたる棋士との対戦で8割超えというのは、すさまじい勝率と言えます。併せて称賛すべきは、藤井七冠は出場した15回のタイトル戦はすべて制し、失冠や挑戦失敗は一度もないことです。プロ入りからわずか6年8カ月、20歳での到達は、これ以上の短縮が不可能と思えるくらい、驚異的な記録の連鎖なのです。

藤井聡太・新七冠の強みは、尻上がりに優位を築いていく終盤の強み(つまりミスの少なさ)とか、AI将棋で鍛えられた豊富な研究の賜物とか、いろいろな棋譜パターンを吸収してきたこと、などと言われています。

それらは間違っていないでしょうが、まるで彼の記憶力がAI並みに膨大で、すべての棋譜を記憶していてパターンの決着が見えているから、という誤解をしている人たちが少なからずいるようです。

そんなはずないでしょう。いくら若くて記憶力に優れているといえども、人間がコンピュータ並みの記憶力を持つことはあり得ません(昔の映画『レインマン』を思い出しますね。確かに自閉症の人の中には異常な記憶力を持つケースがありますが、今のコンピュータはもっと格段の膨大な記憶能力を有します)。

私に言わせると、藤井聡太・新七冠の強みは、「先読みの力」が他のプロ棋士の数段上であることだと思います。他の上位プロ棋士が(例えば)10数手先を読めるとしたら、藤井七冠は20手先まで、へたをすると30手先前後まで読み通せるのではないでしょうか。多分、幼い頃からの詰め将棋の訓練の賜物でしょう。

典型的には、(序盤・中盤・終盤に分けたときの)終盤の局面で藤井七冠が異常な長考に入ることがあります。そういう場合、1~数手指したところで相手棋士が「負けました」と降参を認めることがよくあるのです。

多分、相手棋士がまだ勝負場面だと意識しない時点で、藤井七冠はその先の展開を先読みし、相手を袋小路に追い詰める展開シナリオを幾通りも描き、それに従って勝負手を打っているのでしょう。1~数手指したところで、相手棋士も「その罠に引っ掛かっており、しかも逃げ道が塞がれている」ことに気づき、敗北を悟るのです。

だから相手(例えば羽生元名人)が藤井七冠の経験したことのない戦型で挑んでも、記憶に頼るのではなく先読みによって相手の攻撃を凌ぎ、その上を行くことが常に50%超の確率でできるのだと思います。それは相手とすると嫌ですよ。

これって本質的な勝負師としての強みです。対戦方式のスポーツ競技で考えれば分かりますが、圧倒的な力量差があれば別ですが、プロ同士なら絶対的に有利です。相手がどう動こうとしているのか、膨大な可能性の中からどう展開するのかを冷静に見極め、その中からベストの手を打つ。理屈で言っても、体感で言っても、これで負けるのは相手の大まぐれ、ラッキーの場合しかあり得ません。

スポーツ競技以外にもう一つ、似たような感覚を覚えるのは、コンサルティングの世界です。新人コンサルタントだとクライアントと同じで、1~2手先もなかなか読めません。でも数年もすれば色々な経験を基に、「ああこの先、これを強行すると現場から文句が噴出するな」と、ある程度は先読みできるようになります。

それが10年以上経つとさらに進化し、しかも何度か付き合ったクライアントだと、経営陣クラスの「トンでも反応」のパターンを踏まえたシビアな経験が積み重なって、社内の動きまで予想できます。「このままでは〇〇専務がビビッて事なかれ主義的な幕引きを図ろうとするな」と予想し、それを封じるための手を打つ、といった一種の「芸当」も可能になります(ちょっと嫌だけど「政治家的感覚」かも)。

いずれにせよプロならこうした進化は、経験に沿ってある程度当たり前なのです。でも藤井聡太・新七冠の凄さは、プロでの経験が極端に短い時期からそうした先読み能力を飛躍的に進歩させたことです。やはり天才は経験を超えるのでしょう。 我々市井の凡人は、経験を糧に少しでも「引き出し」を増やすことが現実的な対処策だと思います。