(以下、コラム記事を転載しています) ****************************************************************************
「ライドシェア」解禁を求める声は大きくなるばかりだ。しかし安全の担保についての議論は十分とは思えない。利用者の安全を置き去りにして、何となく「海外と合わせればいい」の空気感だけで解禁に踏み切ってしまう愚は避けるべきだ。
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タクシー不足を解消する観点から、日本の一部地域を対象に「日本型ライドシェア」が2024年4月から開始されている。日本型ライドシェアでは、タクシー会社の管理のもと、一般ドライバーが自家用車を利用して有料で乗客を送迎することを可能にした。
配車システムについては外部のものを利用してもいいが、安全にかかわるドライバーの管理(採用・非採用、体調管理も含め)や車の整備については、タクシー会社が責任を負うシステムが「日本型ライドシェア」だ。だから事故が起きればタクシー会社が賠償責任を取ることになっている。
ところがこの日本型ライドシェア、許可されている地域と時間帯が非常に限定的なのだ。しかも各地域で事前に決まっている(タクシー供給が追い付かないことが確実な地域と時間帯ということ)。
そのためイベントや天候不順などがあって緊急にドライバーの増員が欲しいときに対応できない。 また、そもそも稼げる時間帯が限定的なので、元々うまく隙間時間にマッチしている人じゃないと登録する気にもならない。
そのため日本型ライドシェアが解禁になった地域でも意外と登録ドライバーは増えていない。
その結果、日本型ライドシェアはあまりにタクシー業界の既得権に忖度し過ぎている、という論調がネット上の論者や記者の間で強くなっている。
こうした状況を背景に議論になっているのは、「日本型」のフレーズがつかない、海外と同様の「ライドシェア」の解禁問題だ。すなわち(タクシー会社ではなく)UberやGrabなどの配車サービスの専門会社が自家用ドライバーとお客さんをマッチングさせるという、海外ではオーソドクスなサービスを日本でも解禁すべきか、という話だ。
でもよーく考えてみて欲しい。配車サービス側はあくまでマッチングするだけで、安全に対し、具体的にはドライバーの技量・体調担保と車両整備に対しては、責任は負わない。安全に関しては個人事業主たるドライバーの責任で、どのドライバーを選んだのかは最終的には(配車されたドライバーを拒否しなかった)顧客の自己責任なのだ。
我々は(日本型でない)ライドシェアによって海外で何が起きたかをよく理解する必要がある。幾つか無視できない課題があるが、一番は、参加する一般ドライバーの質のバラツキが相当大きいことだ。
顧客からのフィードバック評価がうまく機能している米Lyftなんかはかなりマシだが、Uberのドライバーの中にはかなり荒っぽい運転で「荒稼ぎ」する猛者が多いと指摘されてきた(ので、同社は今ではドライバー評価にも注力している)。
こういう配車サービスに参加する一般ドライバーは稼ぐ意欲は満々だと思うが、資産家ではないだろう。経済的に生活が苦しい人も少なくないかも知れない。そのため実際に解禁された場合、色々とアルバイトを重ねた結果、睡眠不足状態で運転するドライバーも結構出てくるだろう。
タクシー会社の場合には、ドライバーが前夜に深酒をしていないか、アルコール呼気テストを行うし、体調が悪そうなドライバーの顔色を見て、運転を許可しない。しかし(日本型でない)ライドシェアではドライバーの自己判断に任されてしまう。体調が悪かろうが、前夜に深酒しようが、とにかく稼ぐためには運転しようとするだろう。
車両整備についても不安が残る。コスト削減のため整備にカネを掛けないライドシェアドライバーもいそうだ。これまた同様に、「ちょっとぐらい不調があるからと、いちいちクルマを整備に出していたら稼げないじゃないか」という理屈が先に立ちそうだ。
もしかすると自動車保険も最低レベルのものしか入っていないかも知れない。すると人身事故で賠償を求められても「全然払えない」ということもあるかも知れない(この点については、Uberなどの大手配車サービス会社では独自に保険に入っており、利用客が補償を受けられない事態は避けられそうだ)。
大手配車サービス会社の代表たるUber Technologies社は、安全対策として幾つかのポイントを挙げているが、それらの大半は欧米で起きた「ドライバー vs 利用者」の暴力事案に対する予防策だ(その多くは、あまり日本で危惧するイシューではないかも知れない)。
しかしここで挙げたようなドライバーの体調管理や車両整備については特に触れられておらず、唯一あるのは、低評価を受け続けたり事件・事故を起こしたりしたドライバーが排除される仕組みになっていることだ。しかしそれが意味するのは、あくまで事後的な対応であって予防までは無理ということだ。
さて、仮に(日本型でない)ライドシェアが解禁された場合、乗客は配車されてきたドライバーの体調を知ることができるのだろうか。前夜に深酒をしてアルコールが残っている恐れはないのだろうか。ドライバーが入っている保険の内容を事前につぶさに見ることはできるのだろうか。
そもそも日本の乗客がそうしたことを気にしてドライバーや配車サービスを選ぶだろうか。小生はいずれも「まず、ないな」と思わざるを得ない。
この国の利用者は「自分の安全は自分で守る」という感覚が薄く、中央官庁が解禁したサービスについては「国が安全を担保してくれるものだ」と勝手に解釈しがちだ。その反面、いったん事故が連発すれば、途端に「そんな危ないサービスなど止めてしまえ」と極端な議論に走り出しかねない。
したがって、この安全性の担保に関する論点は「自己責任」に押し付けるのではなく解禁前に徹底的に論じるべきだ。その対策をきちんと取らない限り「(日本型でない)ライドシェアは解禁すべきでない」と、どちらかというと規制緩和派であるはずの小生でさえ否定的にならざるを得ない。